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2012年9月 4日 (火)

存在の懐かしさ

 朝の音楽番組で若いギタリストの演奏を聴いていると存在の懐かしさとでも言いたい旋律に魅了された。ギターという、それは音を奏でる楽器にすぎないというのが不遜で躊躇われるほど、存在論でいえば道具とも見做せる楽器と人との一体感が見事と言うしかない。演奏者は存在の深淵へ踏み込み到達しようと試行錯誤しているようにも思えた。

 先日はスウェーデンの合唱団の演奏を聴いて同様の感想をもった。此の世に棲む日々に未練があるとすると、そのような経験をさらに重ねることができないことだ、と言うこともできよう。しかしそれは未練などというものではなく、一期一会と言えば済む。

 一期一会とは、何とも人間の経験の本質を言い当てている熟語と思う。私たちは録音で繰り返し音楽や人の語りを聴くことが出来る時代に生きている。それが、人の経験というものに、どのような変化と異質を齎したか、ということは、かつて洋の東西で何度も思索、考察されてきただろう。それぞれに到達した境地があるだろう。人間が生きているということ、思索者が、「人は、世界に投げ込まれている」と洞察したのは、その多様性だ、とも思われる。その多様性の奥深さを味わい尽くすことはできない。しかし一期一会に全てが凝集し現成する時がある。それは仏教でいう悟りであろうか?

 若いギタリストの演奏は、そのような妄想も誘発させた。

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