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2012年9月21日 (金)

今生の苦楽

先日、高校の同窓生T山君が絵の個展を開催するというので出かけた。この数年、彼の作品は飲み会の折に拝見していた。すべて鉛筆画である。対象は猫や兎、人物であったり生き物が多い。

3年前の5月、T山君は大手術をした。自らの病ではない。ご子息の病のためである。若年性の肝臓疾患で移植をしなければ二十歳まで生きられないと医師に宣告された。しかし肝臓提供者の順番を待てば数年先になり子の命は永らえない。彼は人生の正念場に立たされたことだろう。そこで一つの解決策が親子での肝移植である。検査に1年近くを要したと聞いた。そして大手術は成功したと長文の手紙を戴いた。それは父親の愛情と親子の心情が綴られた心打たれる文章だった。アカショウビンは末期ガンの母親と暮しながらの最中で老いと病の苛酷さを痛感していた。それだけにT山君親子の情愛の深さが慮られた。

18日は母の命日。大腸ガンの手術から1年半の闘病生活だった。最後の5ヶ月を共に過ごした。親不孝のツケの幾らかも返せないうちに逝った。千葉に棲んでいた叔父が夫婦で大阪に立ち寄り母を生まれ故郷の島根県の出石へ行く旅行に誘ったらしい。しかし母は行かないと叔父夫婦に話したという。出石は沢庵禅師の故郷である。子供の頃に母から雪の多い土地柄だったと聞いた。そこから巡査だった祖父の転勤か転職で南島の徳之島へ移住したのだ。祖父は印刷業に転業。生活は楽ではなかった、と子供の頃によく母から聞かされた。17歳の時に祖父の眼の手術で、徳之島から奄美大島の名瀬に向かう途中の船が米軍機に攻撃された。その経緯はかつて書いた。船上は「屠殺」のようだった、と顔を顰めた。母も祖父も九死に一生を得たわけである。その状況は、みず知らずの方から当時の情報も戴いた。

父の事業の失敗で大阪に移住したのは、アカショウビンが社会人になって間もない頃だった。両親や弟にとって屈辱の日々だったろう。父は再起を図ったが成らなかった。最期は京都の病院で迎えた。現在の会社に職を得て4年目だった。朝一番の新幹線で出向いた。葬儀は奄美で盛大に執り行われた。母が泣いた姿を初めて見た。気丈な女だった。奄美に立つ時に母から父の浮気の現場を押さえた話は従兄姉からも聞いた。それは哀しみを超えて親戚たちの笑い話になっている語り草である。母はそれから一人で大阪に棲み続け老いを生き抜いた。手厚い治療も受けた。屈強の信仰者だった母の死は見事なものだった。朝の9時。息を引き取った。親孝行の幾らかも出来なかったことを後悔する。

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