« 昨今の日中・日韓摩擦 | トップページ | 存在の懐かしさ »

2012年9月 3日 (月)

忘れられた音楽家

 昨夜のNHKテレビで吉田隆子という作曲家が特集されていた。戦前に自前のオーケストラも組織し自らの作品を指揮して人気を博したことを伝えていた。ところがプロレタリア運動に賛同し特別高等警察に数度検挙され暴力で取り調べられたのだろう、体調を崩し戦後46歳で亡くなった。夫も左翼活動家で妻の死後2年後に亡くなった。番組では彼女のヴァイオリン・ソナタ二調が演奏された。ピアニストとヴァイオリニストは作曲者の才覚と情熱の迸りを演奏者として評価していた。

 番組は戦前の音楽界での女性差別に抵抗した女性として研究者らを介して構成していた。しかし面白かったのは、日中戦争から対欧米戦へと急傾斜していく世相の中で彼女の指揮する演奏会に多くの聴衆が詰め掛けたという事実である。夫は左翼の戯曲作家で特高から睨まれ妻と同様に検挙され逮捕される。

 そこで垣間見えるのは戦争へ突入していく国家・国民と反戦を掲げ左翼活動に奔走する男女の姿と運動の姿である。特高に殺された小林多喜二の死体も挿入していた。太腿が真っ黒な、それはモノクロームの写真であったから、黒く見えたのは血かもしれない。吉田隆子は幸い体調を戻し夫と戦後まで生き延びた。しかし恐らくアカの音楽家と作家夫婦として冷遇されたのかもしれない。死後は忘れられた音楽家となり作品も演奏される機会がなかったと番組は伝えている。

 女性差別で忘れられた音楽家というテーマだが、そこには一人の女と男の愛と一生が垣間見える。そこが興味深かった。一人の女性が時代に抵抗しオーケストラを作り自らの作品を演奏し西洋音楽に影響された様子に単なる反戦活動家ではなく、女と男が時代の流れに抗する姿に刺激されたのである。

 アカショウビンは左翼でも右翼でもない。思考、思索の場はその間、狭間にしかない、というのが立ち位置である。しかし時に左翼の論説、右翼・保守の論説にも共振する。そこで昨今のシリアや日中・日韓の摩擦に物申したい衝動に駆られるのだ。

 先日、新聞の書評欄に或る言語学者が世相を評して子供のケンカ程度に見ておけばいいのですよ、とコメントした事が紹介されていた。併せて、その学者が世界言語の中での日本語の優秀性について説いていることも伝えていた。そういう境地は更に考察すべきであろう。特に都知事の言動にアカショウビンはガキ大将の児戯のような幼児性を看取する。その淵源を辿れば若き頃に青嵐会という集団を組織し自民党内改革を標榜し、現在の橋下氏のような政治的言動に傾斜していった姿を想い出すのである。その頃にべ平連を主宰していた小田 実との対談を想い起こす。そこで石原は歴史や現実を鳥瞰しなければならないと述べ、小田はオレは虫瞰だと切り替えしていたのが面白かったのである。アカショウビンは当時も今も小田に同調する。石原嫌いには動機があるのである。

 話が逸れた。吉田隆子という音楽家の46年の生涯を辿った番組を見てアレコレと愚想を巡らした。

|

« 昨今の日中・日韓摩擦 | トップページ | 存在の懐かしさ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/55568735

この記事へのトラックバック一覧です: 忘れられた音楽家:

« 昨今の日中・日韓摩擦 | トップページ | 存在の懐かしさ »