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2012年7月 8日 (日)

真珠の耳飾りの少女

  ここ数年、フェルメールの作品を何点か見てきた。その真打登場とでもいう「真珠の耳飾りの少女」にやっと巡り会える思いで上野の都美術館に出向いた。夕方の4時ごろ会場に着くと何と20分の待ち時間。お目当ての作品はこれまた長蛇の列。しかし肩越しでもよければ作品近くで見られるというので、しばらく待ったら前列で見ることができた。
 期待が少し大きすぎたのかもしれない。これまで見た他作品から直覚したオーラは感じられなかった。まぁ、行列にうんざりしたのと、もう少し至近距離でじっくり見られなかったこともあるだろう。しかし、それは他作品の強烈な印象に比べればそういう理由でもないようにも思った。
 ここ数年で観た作品の中では何といっても「牛乳を注ぐ女」(1658~1659)のオーラが傑出していた。それは画集で見るのと本物が如何に異なるものであるかということを痛烈に実感した。それから「手紙を書く女と召使い」(1670~1671)。これも同様だった。
 作品は恐らく修復というか、お化粧されている。小生の画集(小学館 2006年7月10日)は、いつ頃撮影されたものか不明だが少女の顔には亀裂が走っている。それは「少女」(1665~1666)もそうである。300数十年たてば作品は劣化する。しかし修復で原画の輝きが増す場合と逆の場合もあるだろう。今回の少女の白目の部分と真珠の白い輝きは画集とは明らかに異なる。それは本物の輝きが実感されたのは収穫と言えた。「手紙~」の女の衣服の白にも共通する衝撃的な美しさだからだ。それに「真珠の~」の背景の黒も同様だ。そこには黒々と塗り込められた、画集にはない艶があった。いずれにしても9月までに何回か訪れよう。レンブラントの神品のオーラを発している作品も展示されている。

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