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2012年7月19日 (木)

アカボシゴマダラ

 先週の朝、出勤のため自転車で駅まで行く途中に蝶の死骸が路に。何とアカボシゴマダラではないか。瞬時に察知した。小生の故郷、奄美で小学校5年生の頃に夢中になっていた頃に採集したことがあるからだ。しかし、まさか、である。確かこの蝶は日本では奄美にしか生息していない。少年の頃に蝶図鑑ではそう解説していた。それで小生はその姿を眼に焼き付けたのである。それが何と死骸とはいえ奄美から遠く離れた埼玉で出会うとは。
 ネットで調べてみると1995年に埼玉の浦和で初めて確認されたという。中国の亜種らしい。アカボシゴマダラは奄美大島を北限とする南方型の蝶だが中国南部には広く生息する。ところが、1990年代に中国から愛好家が日本に持ち込み飼育していたことがあるらしい。このアカボシゴマダラが野外に逃げたり逃がされて繁殖した可能性がある、とネットのページは説明している。
 それはともかく埼玉の地で少年の頃に採集した蝶に出会うとはいったいどういう縁なのだろうか。何年か前に引っ越す前に住んでいた埼玉の草加市でナガサキアゲハの姿を見て驚いた。しかしナガサキアゲハは名称の通り九州には広く棲息する蝶である。ところがアカボシゴマダラは奄美が北限の蝶だ。その不可思議さを愚想する。
 少年の頃に図鑑で学んだことだが蝶は台風などで思わぬ遠方へ運ばれることがある。これを迷蝶と称する。しかしネットの解説では埼玉のアカボシゴマダラが中国(奄美とは書いていない)から台風で埼玉に到達したとは考えられないと記している。この記述者の推測は中国から愛好家が持ち込んだ個体がたまたま埼玉で繁殖したのだろうというものだ。事実は小説より奇なりである。謎は残る。というより小生にはひと夏の不思議な出会いとして強く印象に残った。
 ところで奄美で蝶はハベラあるいはアヤハベラと呼ばれているらしい。恥ずかしながら奄美出身の小生は知らなかった。それは「島ノ唄」(2006年 伊藤憲監督)という映画の中で島尾敏雄夫人の島尾ミホさんが問わず語りに話していて初めて知ったのである。ミホさんは「蝶は奄美では神の化身とされている」とも語った。それが強く印象に残っている。以来小生の蝶を見る眼は変わったとも言える。そうはいっても俄かに蝶を神と見ることができないのも現代人の融通のきかないところだ。数十年ぶりに見たアカボシゴマダラは死骸だった。ではそれは死んだ神である。しかし神も死ぬのか?かつて西洋の知者は神は死んだと叫んだのではなかったか?愚想は妄想へと変遷しそうだ。

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