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2012年7月 3日 (火)

紫陽花

 先日、仕事で紫陽花を観る機会があった。栃木のある企業が地元の人々を招き継続しているイベントで。役得というものである。この花を観ると思い出すのが塚本邦雄の破調の短歌だ。
 
 切って棄てたる愛國心の残臭と黴雨あけ塵芥函の濃紫陽花

 塚本は2005年の6月9日に亡くなった。以来、梅雨時には紫陽花が気になる。聞けば紫陽花は日本原産という。塚本の作品は「愛國心」と「塵芥函」という対比が痛烈だ。沖縄戦から8月15日にかけては柄にもなく先の大戦を思い起こし塚本の作品と共に或る感慨に浸る。今年は先に亡くなった吉本隆明の著作や詩と共に此の国の歴史を想い起こしている。塚本の作品は戦後を生きる一人の男の日常を炙りだしている。夏の陽光は、歴史の果てに現存する悲哀と苦痛、怠惰を思い知らせる。

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