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2012年6月 7日 (木)

世に棲む不安

 ベンサムが考えついた一望監視施設(パノプティコン)は、『監獄の誕生―監視と処罰』でフーコーが紹介しているベンサム流の効率的な建物だ。一人の監視員が周囲の独房の狂人、病者、受刑者、労働者、生徒を効率的に監視する中世から近代に至る西洋文明の象徴的な建物として再考しなければならない。

 頭の毛は抜け歯も抜け落ちたと夫人が嘆いた東電殺人事件のマイナリ被告の独房はどうだったのだろう。失われた15年は本人にとっても家族にとっても無残で残酷だ。かつてドストエフスキーは西洋的な裁判制度の愚劣さを西洋文明の象徴として批判した。その制度を取り入れた我が国でまたも冤罪という取り返しのつかない結果が生じた。それは数多ある捨て置くべき例でないことは家族の涙と笑顔が示して余りある。マイナリ被告の不安はいかばかりだったか。

 旧オウム信者の逃避行と不安も異なる状況でそれぞれ世に棲むことで生じた不安として我々は想像力をはたらかせねばならない。それは文明史として考察すれば、現在に至る西洋近代に突出して世界を支配してきた主導思想のもたらした歴史を根本的に批判し新たな歩みに修正し直すという思索を要請する。そこで新たに思考を深みへと分け入っていかねばならない。それは政治システムを変えるだけでは済まない領域に踏み込む事である。

 シリアの情況は未だに続く憎しみの連鎖が止むことなく続く悲劇を伝えて虚しさと憤りに暗然となる。そこでこのブログでも何度か取り上げたヤスパースが考察した「戦争の罪を問う」(橋本文夫訳 1998年8月15日 平凡社ライブラリー)は再考、熟考しなければならない試金石の如きものだ。そこでは政治状況での改革と共に人間達の世に棲む不安がキリスト教、仏教、イスラームの宗教思想を超克するものとして考察されなければならない。

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