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2012年6月24日 (日)

再現することの虚しさ

  そこには1960年代後半から1970年代の熱狂の中で生きた自分と一人の小説家の禍々しい死を辿り再現することで新たな衝撃を世の中に突きつけようとする狙いがあったかもしれない。しかし、その意図は何とも虚しい映像として定着される愚行に終わったというのが作品を観ての感想のようなものである。

 「11、25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)を観てきたが期待は裏切られたというのが正直な気持ちだ。監督は当時の文献や資料を読み漁り「事件」を忠実に再現しようと試みただろう。しかし、そこで何が表現されたか?恐らく三島や若者たちが生きたであろう生と死の時間と瞬間に拒絶されるだろう「再現」の虚しさを映像に残しただけの徒労でしかなかったと幻滅するしかなかった。それは「事件」の真実とされるものがあるとするなら、それに肉薄しようとすればするほど、その真実は陽炎のように揺らぎ掴まえることができないものとしてゆらめいている、といった風情だ。

 前作の「キャタピラー」や連合赤軍を題材にした作品は実に刺激的だった。老境に至った監督が先の大戦への違和や告発と世間を驚かした「事件」に肉薄する姿勢と執念の如きものが熱く伝わってきたからだ。しかし本作はどうだろう。映像的に言えば空間の広がりがない。空間は矮小化されているとしか思えない。三島が生き、幻滅し、死に至る過程と時代の姿は、作品の中でフラッシュバックされる実写映像を挟んで捉えきれるものではないことを若松監督とスタッフは痛感しなかったのだろうか?三島の周辺の若者たちや三島を誰が演じきれると監督は考えたのだろう?それは再現することの徒労と愚劣でしかないことにキャメラを回し演出する時に監督は虚しくならなかったのだろうか?

 三島が自裁する前に声を枯らした演説の姿と声を監督と役者は再現する。また割腹のシーンも。しかし、何と虚しい、それは映像だろう。

 たまたま、あの「事件」を後年振りかえったエッセイを読んだので、失礼ながら引用させて頂く。

 三島が自決の数ヵ月前に『サンケイ新聞』に書いたという一文を読むと、彼の死が倫理にも、ある種の甘美さにも関係ないことがよくわかる。もう生きられないとこの文は言っているのだ。戦後二十五年間、鼻をつまんで生きて来たが、もういやだと言っている。当時の私は自分なりに、戦後という時代に深い疑いをもつようにはなっていたものの、三島ほどの同時代への切迫した違和を覚えていたわけではない。むしろ、同時代への違和に苦しめられるようになったのは、彼が死んでからのちの四十年間である。

 (中略)

 では、彼は何に対してついに鼻をつまみきれなかったのか。戦後民主主義の偽善と言ったって、どうしてそれが、死なねばならぬほど耐えがたかったのかわからない。むろん、彼の著作をひっくり返せば、そんなことは書いてあるはずだ。だがいまは、「無機的な、からっぽな、、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国」という、彼が描いてみせたこの国の未来像だけで十分である。私自身、彼の自決の当時、そういう日本の未来図を予感していて、生きがたいおそれを感じていたからだ。

 (後略)

 これは渡辺京二氏が2010年11月号の「正論」に書いた文章の抜粋である。「未踏の野を過ぎて」(弦書房 2011年11月25日 p35~ p38 )に収められている。この短文のほうが2時間足らずの映像が発信する何物かより何やら腑に落ちる思索と考察の奥行きを伝えている。

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2012年6月18日 (月)

神舟と囲碁

 妙なタイトルで恐縮。この2つで日本が中国に遅れをとっていることが歯がゆいのだ。神舟とは中国の有人宇宙船「神舟9号」のことである。中国初の女性飛行士、劉洋氏を含む3人が搭乗している。ソ連崩壊で米ソの冷戦構造が崩れ、米国主導が眼に余る状況で宇宙開発競争もお預け状態。それがいつ間にか中国が米ロの後を追っていた。そして日本は中国に先を越された。かつて天文学者になるのが夢だったアカショウビンには心穏やかならぬ記事だった。一般紙では小さい扱いだったが中国では大騒ぎなのではないか。そういった状況を伝え聞くとアカショウビンも時に俄かナショナリストになるのだ(笑)。先日は将棋名人戦が終了した。しかし将棋界に外国人が参戦するわけではない。日本将棋連盟は海外普及は継続しているようだが、知る限りでは、せいぜい中国が熱心なくらいで欧米で将棋がブームになっているとは聞かない。

 しかし今や囲碁は将棋よりは世界的になっている。そのなかで少なくとも戦後に日本は中国や韓国よりはるかに研究が進んでいた。木谷門下の天才少年たちが続々と輩出し台湾や韓国から天才少年たちが子供の頃から来日。日本で修行してトッププロに昇りつめたのだ。それがどうだろう。この20年であれよあれよ、という間に追い越されてしまった。この数年で日本プロが世界戦で優勝したことは皆無ではないか。例外は井山裕太天元くらいだ。それも勝ち抜き戦ではない。

 週刊囲碁6月25日号の一面でこう報じられている。

 6月6日から14日まで、中国の国内団体戦である乙級リーグが中国厦門(アモイ)市の厦門盛之郷戴斯温泉リゾートで打たれ、日本から参加した「中日友好チーム(趙治勲九段、村川大介七段、伊田篤史三段、一力遼二段)は7戦し5敗2引分で勝ち点2、個人の勝利数は8勝となり16チーム中16位で丙級に降格することになった。(数字は段位以外はアラビア数字に替えた)

 主将の趙は1勝6敗。副将村川、3将伊田は3勝4敗。一力は1勝6敗である。趙はもちろん全盛の強さはないが、それにしても甲乙丙の乙クラスでこの結果である。それはないだろう、というより中国囲碁がここまで層が厚くなり天才レベルがうようよしているという事実を思い知るのである。日本棋院は危機感はないのか。もちろんあるだろう。しかし今や囲碁は世界戦が幾つもある国際ゲームである。そこでこのテイタラクである。

 まぁ、これが日本の現実なのである。都知事が暴言を吐いても、あちらの方が知らぬ間に実力をつけ、尖閣諸島問題で喋々している間に世界で注目されている。AKBにうつつを抜かしている時ではないのだ。世界的な知的レベルの競争に日本は水をあけられている。体格的に劣るスポーツの世界で日本人が欧米、アフリカ勢に負けるのは仕方がないとも言える。しかし囲碁は頭脳ゲームである。しかも長年の歴史的な背景を持つ、ゲームの中でも人間の知性の到達する未知の領域を探ることで他のゲームとは質、量を異にする。

 我々が棲息している此の惑星の未来とも、それは関わってくる。人間の知性が、どのように未来へ橋渡しされるのか?人類の知的レベルと近代で突出した宇宙物理学、科学技術の行方が問われているのだ。科学技術という魔法の杖を人類は、それを将来に向けて、どのように活用するのか。それを我々は改めて問い直し熟考し、回答をださなければならないのだ。

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2012年6月 7日 (木)

世に棲む不安

 ベンサムが考えついた一望監視施設(パノプティコン)は、『監獄の誕生―監視と処罰』でフーコーが紹介しているベンサム流の効率的な建物だ。一人の監視員が周囲の独房の狂人、病者、受刑者、労働者、生徒を効率的に監視する中世から近代に至る西洋文明の象徴的な建物として再考しなければならない。

 頭の毛は抜け歯も抜け落ちたと夫人が嘆いた東電殺人事件のマイナリ被告の独房はどうだったのだろう。失われた15年は本人にとっても家族にとっても無残で残酷だ。かつてドストエフスキーは西洋的な裁判制度の愚劣さを西洋文明の象徴として批判した。その制度を取り入れた我が国でまたも冤罪という取り返しのつかない結果が生じた。それは数多ある捨て置くべき例でないことは家族の涙と笑顔が示して余りある。マイナリ被告の不安はいかばかりだったか。

 旧オウム信者の逃避行と不安も異なる状況でそれぞれ世に棲むことで生じた不安として我々は想像力をはたらかせねばならない。それは文明史として考察すれば、現在に至る西洋近代に突出して世界を支配してきた主導思想のもたらした歴史を根本的に批判し新たな歩みに修正し直すという思索を要請する。そこで新たに思考を深みへと分け入っていかねばならない。それは政治システムを変えるだけでは済まない領域に踏み込む事である。

 シリアの情況は未だに続く憎しみの連鎖が止むことなく続く悲劇を伝えて虚しさと憤りに暗然となる。そこでこのブログでも何度か取り上げたヤスパースが考察した「戦争の罪を問う」(橋本文夫訳 1998年8月15日 平凡社ライブラリー)は再考、熟考しなければならない試金石の如きものだ。そこでは政治状況での改革と共に人間達の世に棲む不安がキリスト教、仏教、イスラームの宗教思想を超克するものとして考察されなければならない。

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