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2012年5月18日 (金)

出張日記

 駅に続く道路の脇に植えられた銀杏の樹の上をアオスジアゲハが他のアゲハ蝶とはまるで異なる、眼で追うこともできない速度で飛翔する姿を背景のくすんだ青空と共に眺めていると、あぁ、夏が近いのだ、と何やら腑に落ちるものを感じた。ガキの頃に故郷の山で蝶を追っていたころはアカショウビンの生のエネルギーが全開し充実し周囲の自然が実に生き生きと鮮やかで躍動していたような気がする。生の終わりを覚悟しなければならない歳になり死は少しずつ濃密に心身にひた寄せて来ている。時にガキの頃に蝶を追っていた真夏の時空が虫の声や遥か彼方の海の碧さと共に幻聴と幻視となって脳髄に現われることがある。それはもしかしたら通告のようなものなのか。覚悟せよ、というような意味を伴う。あるいは精神的な病の前兆の如きものか。

 一昨日から仕事で信州を訪れている。一泊のつもりが昨夜もう一泊。仕事先では収穫があったところも、保留のところも。いつもは少しく長居をすることも多いのだが今回は皆さんお忙しそうだ。ある企業では事務所に誰もいないのでパートの女性らしき人が気をきかせて事務員さんを呼んできてくれた。腰の曲がった高齢のお婆さんだった。おそらく社長の母親と思われた。立ち話だったが丁寧に応対してくれた。その姿に我が母の姿も重なった。息子は工場作業で忙しいのである。それほどの利益が出るとも思われないが毎日毎日黙々と作業に専念しているのであろう。その母親の姿を見れば瞬時に親子関係の本質の如きものが直観された。それは波風はあれども、毎日の労働からすれば経済的に決して豊かとはいえないものではあっても幸いと言ってもよい日常と思われた。アカショウビンの母親にも言える、敗戦後の貧しい時代に子を産み育て生き、生きた女たちの多くに共通する姿とも思われる。それは、現在のような飽食の中で生きる女たちとは現象的に異なる女の一生である。

 夕食は駅の近くの和風のレストランへ。以前に入ったことがあったが安くない。それを忘れていた(笑)。和風の看板に誘われてしまったのだ。隣の席は若い女たちが4人。学生風な風情を残しているがAKB風ではない。彼女達に共通した風情は、かつて訪れた東南アジアの国の女たちや中国の田舎で見た恥じらいを含んだ笑みが醸しだす奥ゆかしさと不安の如きものを有していたのが好ましかった。そこには此の国で失われたと思ったものが残されているとも思われた。単なるいつものこちらの思い込みかもしれない。往々にして奥ゆかしさは退行し饒舌に、不安はその裏がえしとして過剰な欲望に変わる。しかし仕事に追われる日常に暫しの時間、それが凌げた、と思える瞬間にも遭遇する。今朝は朝のテレビでベートーヴェンの作品30のヴァイオリン・ソナタの名演も途中からだが聴けた。それも恩寵の如きものだった。

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