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2012年4月 2日 (月)

ドストエフスキーの政治思想

 吉本隆明(以下敬称は略させて頂く)が亡くなりNHKがテレビで特番をやっていた。数年前に都内で開かれた講演会を主軸に構成している。自宅を訪れた客に会うため、四つん這いで応接間に出てくる吉本の姿を伝えた新聞記事は以前読んだ。それを映像で確認できたのは幸い。老いの過酷を改めて痛感した。しかし、足腰は弱っていても座につき話に興がのってくると右腕を中空に舞わせながら語り続ける。その姿に氏の誠実を見取り好感をもつ。講演では、吉本思想のキーワードである「自己表出」と「指示表出」を駆使して、鷗外、漱石文学から横光利一まで縦横に語っていた。そこではモーツァルト、ショパンからドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』まで出てきたのには驚いた。アカショウビンは寡聞にして吉本のドストエフスキー論を読んだ記憶がない。おそらく邪推するにドストエフスキーは小林秀雄や埴谷雄高など他の多くの書き手が書き尽くしたので自分があえて取り組む必要を感じなかったのかもしれない。しかし明治から大正、昭和まで日本人はドストエフスキーやトルストイの作品には多くの作家、評論家が影響を受けてきた。

 先日、渡辺京二氏の『ドストエフスキーの政治思想』(洋泉社新書)が刊行され興味深く読んでいる。昭和48年から昭和49年にかけて3回に分けて雑誌に掲載された論説は後に単行本に収録された。それを元に独立した新書として刊行されたものである。数年前にドストエフスキーの新訳が出版され新たなドストエフスキーブームの到来かと思われたが、以来、若い人たちの間で大きな関心をもたれているとも思えない。渡辺氏が、若いころにそれほどドストエフスキーを読み込んでいたことも初めて知った。新著は1873年から亡くなる1881年まで書き続けられた『作家の日記』に絞っている。ロシアの民衆をこよなく愛したドストエフスキーが当時のロシア西欧派知識人を痛烈に批判し<後進国>ロシアの文化風土を独特の論説で擁護しているのが何とも面白い。西欧文明そのものを根底的に批判しようとするドストエフスキーの複雑な論理展開と苦心を渡辺氏はよく伝えている。それは吉本が西洋思想の移入に汲々とする我が国インテリたちを批判した立場とも共振し面白い。

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