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2012年2月25日 (土)

ヴェルディの「レクイエム」雑感

 A・タルコフスキー監督の「ノスタルジア」という作品の冒頭でヴェルディの「レクイエム」の冒頭の旋律が流れた時に、この作品の深みを、直覚とでもいうのか或いは直感した経験を思い出す。今もあるのかどうか知らないが六本木の劇場だった。以来、ヴェルディの「レクイエム」はモーツァルトの「レクイエム」と同じくらいか、それ以上に繰り返し聴いてきた。

 今朝もCDを聴き、その後にLDで映像を見ながら聴いた。両方とも指揮はカラヤン。ベートーヴェンやブラームスなど聴く気になれない指揮者だが声楽が入ればソリストの声質の違いに集中して、それなりに聴ける。オーケストラはCDがベルリン・フィル。LDはミラノ・スカラ座。ソリストはCDがミレルラ・フレーニ(ソプラノ)、クリスタ・ルートヴィッヒ(アルト・コントラルト)、カルロ・コッスッタ(テノール)、ニコライ・ギャウロフ(バス)。LDがレオンタン・プライス(ソプラノ)、フィオレンツァ・コッソット(メゾ・ソプラノ)、ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)、ニコライ・ギャウロフ(バス)。以前にも書いたけれども、アカショウビンはフィオレンツァ・コッソットの熱烈なファンである。若い頃にヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」のアズチェーナという役柄をレコードで聴いて以来である。数年前に来日し暮れのテレビで日本のオペラ・ソリスト達と共に「椿姫」の〝乾杯の歌〟を歌っていた高齢のお姿を拝見した幸いを思い出す。カラヤン指揮でミラノ・スカラ座との演奏で歌ったのは1967年だから45年前になる。声の張りと艶の素晴らしさを改めて謹聴した。CDは1972年の録音。両方に起用されているニコライ・ギャウロフは稀代のバスである。モーツァルトの「ドンジョヴァンニ」をクレンペラー指揮で歌ったレコードは今でもフルトヴェングラー盤と並ぶ「ドンジョヴァンニ」の最高傑作だと確信する。

 それにしても映像でカラヤンの指揮ぶりを見ると音楽に集中している様子は耳で聴いているのとは異なり、それなりに納得する。巷間、揶揄される、眼を閉じて指揮しているだけではない。要所では、ちゃんと眼を開き意志を伝えようとする。それは音楽に対する生真面目さをも看取して少しは見直したりもするのである。

 5年後に再録された両盤を聴き直して思うのは、女声ソリストの違いである。5年前は本場のソリストとオーケストラを起用して恐らく一回撮りである。CDは多分、編集されている。そこに音楽の緊張感がまるで異なって現れる。LDの女声のソリストはCDと比べてレオンタン・プライスの強烈な高音が際立ち、コッソットの芯の強いメゾ・ソプラノと拮抗して作曲者の熱情を伝えているように聴ける。一方、CDのフレーニとルートヴィッヒは渋く溶け合っている。カラヤンがフルトヴェングラーとはまるで違うオーケストラに変えたベルリン・フィルで録り直した意図が少しは伝わる。指揮者は一人で音楽は作れない。オーケストラやソリストが違うと音楽はまるで異なる様相を帯びる。アカショウビンにとっては、この作品はモーツァルトと並び愛好してきた作品である。改めてソリストたちの声の個性の違いとハーモニーの美しさに聴き惚れた。また映像を見ることでソリストたち、コーラス団員たち、オーケストラの楽員たち、指揮者の振り方などで音だけに集中して聴くのとは異なる経験を改めて実感した。

 それはまた、人間の五感の働きの中で、視覚と聴覚の違いを痛感することでもある。あるいはまた、ヨーロッパという地域で高度に洗練されたクラシック音楽が到達した高みと深みを介して、人と音楽、人と映像の関係はどのようになっているのか?という問いに誘われることでもある。

 映画は映像と音楽の掛け算だ、と言ったのは黒澤 明だが、映像を見ながら音楽を聴いていると、そこにも何事かの意味が読み取られるように思う。特にそれがレクイエムのように死者を弔う音楽の場合、音楽が発するエネルギーと力を痛感する。ヴェルディとモーツァルトのレクイエムを比較すると、拠って立つ文化風土の違いが際立つように思う。モーツァルトは純音楽的とでも言おうか、音楽を介して人間が渇望する崇高さとでも言うのか、その高みへ一心に昇ろうとする健気さというのか、もがきとも思える境地を醸しだしているが、ヴェルディの場合は、生涯オペラ作曲者として創作し続けた音楽家として、人間臭いというのか、この作品がモーツァルトのように注文に応じて作られたものでなく、ヴェルディの幾つかの作品をまとめて構成されたという内容の違いにも改めて気付く。それにしてもこの二人の音楽家の強烈な個性の違いは実に面白いというしかない。

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