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2012年2月 9日 (木)

日々愚想

 昨年亡くなった高峰秀子の「私の渡世日記」を面白く読んでいる。50代になった著者が子役時代から自らの人生を、小またの切れ上がった、とでも言うのか江戸っ子の、べらんめぇ調も生かした文体が面白い。一人の女優の人生は、深く生きた時代と関わっていることを伝えている。行間からは著作として発刊されるまでに周辺の人々の様々な指摘や事実確認を経て仕上がったことも読み取られる。それは歴史事実の裏づけ的内容も有することが高い評価を得ている理由だろう。表層的に了解される一人の人間の生き方が、かように数奇で紆余曲折を経たものである、という一つの事例として読むことも出来る。

 それはまた自らの人生についても振りかえる刺激を与える。それは若い頃に見て以来の映画や書物を改めて観直し、読み直すことでも痛感する。それはアカショウビンの関心の中核ともいえる内容を含んでいる。以下の文章もそうである。失礼ながら転載させて頂く。

 >次回は、神風連の林桜園に影響を与えた本居宣長ということですが、いったい本
居宣長の何をどう読めば、あんな行動に結びつくのでしょうか。興味深いです。

一次会で、ちょっとご紹介した桶谷秀昭の文章ですが、「天の河うつつの花」
(1997年)の中に収められている寺田透への追悼文に、小林秀雄の本居宣長につい
てやたら長く書かれていました。初出は、「現代詩手帳」の平成8年2月号だそう
です。

この桶谷の文章は、寺田透への追悼文であるのに、その半分以上が、小林秀雄と
その『本居宣長』批判に向けられています。寺田透は、小林秀雄の追悼文でも、
きっちり批判をしていたようです。ここまでけちょんけちょんに小林秀雄をけな
した文章も珍しいので、とりあえず、桶谷の書いた寺田透追悼文の中から、小林
秀雄関連のところだけ、ご紹介します。(保田與重郎まで、登場しています!)

「志気と含羞の批評家 寺田透」より
 寺田透は、柔道にたとへるなら、その胸を借りて乱取り稽古をしたくなるやう
な文学者であつた。乱取りは試合でないから、試合にともなふ掛け引きを必要と
しない。といふより邪魔になるのである。虚心におのれの技をためす稽古の場で
ある。相手に投げられることを意に介さない。

 そのおびただしい現代作家や批評家を論じた作家論は、常住坐臥において、こ
れといふ相手が眼にとまれば、すつと立ちあがつて相手の襟と袖をつかむ、さう
いふ果断な起居振舞いを感じさせる。

 つまり寺田の作家論じたいが、乱取り稽古の連続のやうなものだ。

 むかし散々に投げられた相手にたいしては、二度と同じ技を喰はない。逆に相
手の技ごとに返し技をかけて、その掌のうちをあきらかにする。小林秀雄を論じ
た文章などがその際立つた例であらう。

 就中、「小林秀雄の死去の折に」と題した文章など、痛烈をきはめる。


「実際さう(小林といふひとはたえず自分の独創性を発明しながら生きて行くひ
と)見えてゐたのである。しかし戦後一つ二つと全集が出、その中に昔読んで震
撼を受けた文章が一部削除されて入つてゐるのを見たり、たしかに読んだ筈の警
句がどこからも見出されない経験をしたりしてゐるうち、僕はかれを、後世のた
めに自分の姿を作つて行くひとと思ふやうになつた。」

 小林秀雄が「男らしい、言訳けをしないひと」であるといふ世評は、すくなく
ともその作品の中に認めることはできない、といふのである。(略)


「小林氏の享年が八十だつたといふことも、僕にはなんだかほんとには思へない
ことのやうに感じられる。」


 その理由として、小林秀雄の生涯のいくつかの時期に相互の脈絡をつけがた
い、「その一つから次の一つに植物的に成熟し、柄が大きくなつたのとは形の違
ふ、---いはば動物的変化変貌を遂げて、つひにその死を迎へた点にそれを見
ることができよう。」といふ。

 さうすると、小林秀雄が還暦前後にたしか感想のかたちで書いた、年齢とか成
熟についての洞察は、自覚といふよりは、自意識の手の込んだ表現といふことに
なるだらうか。

 たしかに小林秀雄が年齢とか成熟を語るときの文章には、それにふさはしい流
露感よりは、それらについての一種のシニシズムを想定して置いてそれへの斬り
返しといふ発想のもつ苦渋が感じられる。寺田透がさういふ自意識のはたらきを
突いてゐるのだとしたら、それは気むづかしい批評で
あつても、暴論ではない。

 ここで思ひ浮べるのだが、さういへば、晩年の寺田透の文章の一種独特なあの
晦渋は何であつたらう。年齢とともに文章が平明になるのとは逆の行き方を、あ
へて意識的にやつてゐるとも考へられるあの態度は何に由来してゐたのであらう。

 どうもそれは、小林秀雄の成熟を擬似的なものと見て、批評する気むづかしさ
と根を同じくしてゐるのではないか。

 ともかく、寺田透はここで、小林秀雄のライフ・ワークである『本居宣長』
が、何やら動機不明の作品であることをいひたいのだ。

「『本居宣長』同『補記』はたしかに暖く明るく、歌つてゐるやうでさへある。
しかしあれを書いた著者の動機が僕にはひとめで明瞭といふわけには行かず、む
しろ、外見の温雅あいたいの奥で、わざとのやうに目に見えなくされてゐるとい
ふ感じを受ける。ただ一つ自己流に僕も推測する動機、といふよりそれとなく感
ぜられることを何かと言へば、それは、小林氏が、自分の吐き出す本居宣長とい
ふ名の光沢のある繊維で造られる大きな繭の中にこもつてしまはうと図つたので
はないかといふことだ。」

「なんだか大きな白い布が高々と掲げてあり、その前で繰返し説き、さらに、も
とに戻つてもう一度読直してもらひたいなどと、何度か言ひながら著者の口から
出る言葉が、布に一面に貼りつくと布は段々著者の方に引き寄せられ、つひに著
者をくるんでしまふ、さういふ幻想さへ湧く。」

 その違和感は、私にも思ひあたる節のあるもので、小林秀雄が昭和八年の「故
郷を失つた文学」から、暗黙のうちに幾度かの軌道修正をおこなひつつ「西行」
や「実朝」にたどりついたその道程を私なりに納得しながら、その線上に本居宣
長が据るといふ必然がいまひとつ肚に落ちて感じられない。

 ベルクソンのことは私にはわからないが、ドストエフスキイを途中で投げ出し
た小林秀雄が、なぜ宣長を十年かかつて完結し、それが生涯のしめくくりとなつ
たのかの内的たて糸が、みえにくいのである。

 あの仕事はおほかたの讃辞にとりかこまれたが、よくみると必ずしもさうでは
ない。たとへば、保田與重郎の随筆風な「小林氏『本居宣長』感想」などは、終
始オマージュの連続にみえるが、よくみるとさうではない。私の想ひでは、保田
與重郎が生涯のをはりに宣長を論ずるのだつたら、自然にその動機がわかるので
ある。その保田與重郎からみたら、小林秀雄の仕事は、何といふことをやる人
だ、の感に尽きたであらう。その驚きの感想をオマージュのかたちでいふか、全
否定でいふかは、同じことなのである。これほどイロニイに満ちたオマージュは
ない。


「小林氏はこの本で、一番大事なことは一つだらうが、次々に大事なことと大変
なこととを、教へられる。私の感心したことは、その心づかひの親切さだつた。
この親切は、人の世の中で、文明といふものを念々に観じ、現実にそれをなしあ
げるといふ、慈悲の悲願をもつ人の思ひだ。ここで私は求道の人、聖者の歩みを
してゐる人のもつ悲壮さを感じる。」

 ここにくりかへしていふ「親切」が何を意味するか。それは宣長の言葉を、”
文明開化の論理”の言葉に啓蒙的に反訳する努力と労苦を伴ふ野心を指してゐよ
う。それは保田與重郎には、せいぜい控へ目にいつて縁うすき仕事なのだ。”文
明開化の論理”は、保田が戦前から否定してきたものである。(略)

 小林秀雄は宣長にすこしも切り込まうとしてゐない。それどころか「自分の吐
き出す本居宣長といふ名の光沢のある繊維で造られる大きな繭の中にこもつてし
まはう」とする。これが寺田透のいひたいことで、それは保田がいふ小林の「親
切」とか「悲壮さ」を、別の直截な表現で指摘していたことにならないかと思
ふ。(以下略)

 ★ここに示される桶谷氏の著作は数年前に読んで面白かった。その氏が、アカショウビンが若い頃から読み続けてきた二人の批評家と、この10数年読み続けてきた保田與重郎の仕事を介して小林秀雄という先達批評家を、「批判」して浮かび上る小林の仕事の隠され削除された文章の何かが垣間見えるところが何とも興味深いのである。そこには書き手が意図している小林批判といったものではなく、それは小林秀雄という存在の多様性が含まれていることは一読すればわかる。そこからは多岐の論点が浮かび上る。それは現在の世相にまで反照、反響する。アカショウビンの中ではテオ・アンゲロプロス作品や松井冬子の作品にまで。あるいは先日読み直し刺激された吉田秀和氏の「フルトヴェングラー」の著作に収録されている丸山眞男との対談で論じられるフルトヴェングラーとトスカニーニの確執もそうである。丸山のフルトヴェングラー評は単なる音楽批評の理解を越えて政治思想学者としての仕事と深く関わっていることは言うまでもない。

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