« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月28日 (土)

松井冬子展(続)

 今回の個展の作品群のタイトルを展示順に幾つか辿ることで松井(以下、敬称は略させて頂く)作品の独自性に踏み込んでみよう。<第1章 受動と自殺>の中では芸大卒業制作以来継続している「世界中の子と友達になれる」のほか、「切断された長期の実験」、「たちどころに破れた異物」、「なめらかな感情を日常的に投与する」、「絶え間なく断片の衝突は失敗する」、「供儀の暴力」、「体の捨て場所」、が観る者に様々な刺激を掻き立てる。

 <第2章 幽霊>の「優しくされているという証拠をなるべく長時間にわたって要求する」、「足の皮を引きずり歩く」、「腑分け図:頭髪」も作品と呼応して実に松井の関心のありかを想像させてくれる。

 <第3章 世界中の子と友達になれる>は平成13年に制作された写生と下図を集めて、松井が如何にこの作品に周到な準備をしたか、という過程を垣間見ることができる。それは現在まで継続されている。「不幸な現存在の三つの形態」、「ややかるい圧痕は交錯して網状に走る」(平成20年)がそれを証している。

 <第4章 部位>以下の作品は平成15年から平成23年にいたる松井の精進が展望できる。その中には「陸前高田の一本松」という団扇に描かれた北斎、広重の浮世絵に挑んだとも思える作品も興味深い。それは今度の震災に絵描きとして何か描かなければならない、という気負いも感じる。

 <第5章 腑分け>は第4章から継続される松井の人間の身体に対する独特で強烈な関心を表出している。それは子を産む女体の不可思議さへの関心ともいえる。それはグロテスクといった皮相な批判を超えて、松井の人間という生き物への飽くなき関心の所在を表現している。それはリアリズムという用語で、とりあえずは説明できるであろうが、その本質は作品に接すれば、繊細で微妙な松井の視線と精神の在りかを想像させる。

 <第6章 鏡面>のタイトルも松井らしい。「この疾患を治癒させるために破壊する」、「従順と無垢の行進」。<第7章 九相図>は松井という作家が新たな境地に踏み込んでいるという期待も感じた。

 いずれにしても、もう一度足を運び、作品に正面して更に松井の作品の豊饒と可能性に接してみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月16日 (月)

松井冬子展

 松井冬子さん(以下、敬称は略させて頂く)という画家と作品を知ったのは2008年4月20日に放映されたNHKテレビの「新日曜美術館」だった。その物凄さに驚愕した。画題は幽霊や人体の解剖図など或る意味でおぞましい作品が多いのだが日本画で習得した技術は抜群。実物を見るのを楽しみにしていたが先日やっと横浜美術館の「松井冬子展」で拝見できた。いやいや改めて傑出した才能と技術を確認した。今回の展示会は「世界中の子と友達になれる」という東京芸大の卒業作品を中心にしたものだが近作や「新日曜美術館」でも紹介されていた作品群も展示されており充実した個展になっている。

 詳細は不明だが松井は恋人から暴力をふるわれた過去を持つ。その恐怖と憤りから作品制作に集中していったと聞いた。作品制作の様子はかつてテレビ放映で興味深く見た。それは暴力の記憶を創作により消し去り、新たに生きる力に換える作業でもあると思われた。その過程は単純なものではなく試行錯誤であり時に自殺衝動もはたらいたであろう。しかし松井は殆ど奇跡的な力技でそれを乗り越えた。それはアカショウビンには羨望の如き思いに浸らせる。そのスケッチと完成作を熟視すれば驚愕し、こちらの怠惰を冷笑する思いさえ看取した。優れた芸術の到達する領域というのは、かくも高みに至ることが出来るという事実がそこに結晶している。上野千鶴子が評した「自傷系アート」という分類には強い違和感を持つ。そこには或る境地の高みが表出されているからだ。インターネットで散見するグロテスクという批判は当たらない。松井の優れた作品は存在論的にいえば芸術作品とは何かという痛烈な問いを求めてくる内容を秘めているからだ。本展は「第1章 受動と自殺」、「第2章 幽霊」、「第3章 世界中の子と友達になれる」、「第4章 部位」、「第5章 腑分」、「第6章 鏡面」、「第7章 九相図」、「第8章 ナルシシズム」、「第9章 彼方」という構成。近作も多く松井の現在を知ることができる考え抜かれた設営だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月14日 (土)

日々愚想

 昨日のNHKテレビで太陽の黒点の出現の周期性と地球への影響が興味深く解説されていた。黒点を初めて発見したのがガリレオだったことなど初めて知った。太陽の磁場(というのだろうか?)が宇宙から飛来する宇宙線を遮蔽したり、できなかったりするということも。地球上の雲の量が宇宙線と関連していることにも驚く。太陽や地球という惑星は宇宙の中で一見孤立しているようだが実はそうではなく何らかの関係性を持っているということだ。その具体例が何とも興味深かった。

 先日の山折哲雄氏の話に刺激されて法華経の譬喩品を一読した。氏は、仏教はユダヤ・キリスト教と異なり一部の人だけを救う思想ではなく、全ての人々を救う思想だと話しておられた。如来(仏)の教えを忌避する者たちは地獄へ落ちる。であれば、全てではないのではないか、という疑問も湧く。それは浅読みというものだろうが、他の品も読み愚考を重ねたい。

 先のブログで書いた五木寛之氏の新著はアカショウビンが予想したような内容とはまるで異なるもののようだ。購入はしたが未だ読み終えていないので途中まで読んで予想とは異なる内容であることだけはわかった。それはともかく。高度成長でアメリカに追いつき追い越せと敗戦後を復興してきて殆ど頂点を究めた国家と国民が後はアクセクしないで、山を降りながら、登るときには見なかった景色も楽しみながら、登山でも難しいとされる下山の時を過ごせ、という主旨のようなのだ。感想は読み終えてから改めて書こう。

 何となく内外の情勢が以前に増して騒がしくなってきたように感じる。我が国は既に昨年の大震災と津波、福島の原発事故で日本国全体が自然の猛威と脅威に為す術を知らず呆然となり、原子力という科学技術の落とし子の無軌道ぶりに殴り殺されそうになっている状態だ。活路はありや。別な選択肢もあるだろう。血路は開かれるのだろうか、自らの生を含めて他人事ではない。

 地球の雲が宇宙線の飛来と関連しているように私という個人も日本という国家の中で棲息していて言語的にも経済的にも文化的にも環境的にも経済原則などを通じて国際社会と関連している。同様に私という個体も太陽系の一惑星上の生き物として宇宙と関連しているだろう。法華経の譬喩品を読んで魑魅魍魎も登場し何やら壮大なSF映画でも観ているような法華経世界や釈迦に続く幾人かの大乗仏教の大思想家たちは人の心身を通して科学とは異なる回路で宇宙の何かを直感的に察知して釈迦の教えと思想を敷衍させたようにも愚考するのだがどうだろう。最近少しずつ読んでいる親鸞の「教行信証」でも仏典がしばしば引用されるが、それを親鸞の思考を通して読むと、また異なる興趣を感得する。それは道元でも日蓮でも同じである。

 山折氏が質問に答えてユダヤ・キリスト教と対比して語った仏教の教えが万能でもあるまい。しかしそこには先人達の思考、思索の粋とでもいう記述が豊饒に蔵されていることは間違いない。古人の書き残した文の一行、一行にそれを読み取る。戦後復興を果たした日本人は津波の後も屍を越えて復興するだろう。しかし原発はどうか。科学技術のもたらした災禍は明治の足尾鉱毒事件、昭和の水俣、今回の原発事故となって国民を超えて人類に及んでいる。その行く末は先のブログで引用した梅棹忠夫氏が譬えたように「科学」は人類が追う「業」なのかもしれない。しかし認識はともかく、問題は生存を賭けた解決作である。

 昨年から読み出し年明けに読み終えた「苦海浄土」の石牟礼道子さんや共闘した渡辺京二氏の著作、五木寛之氏も引用されていたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」、足尾鉱毒被災民を救おうとする田中正造の生き様、有吉佐和子の「複合汚染」は此の世に棲むことの何たるかを抉り取って余りある。秋葉原界隈を跋扈する若者達の姿を見れば何の此の世は快楽だよと言わんばかりである。しかし既にその姿と現象には奇形を介して退廃と虚脱、苦悶が垣間見えていると思えるのは錯覚だろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 9日 (月)

成熟しない芸とボンボンたちの共通点

 昨年亡くなった立川談志をマスコミは天才の死と惜しんでいるが、そのような戯言にアカショウビンは与しない。談志なんてチンピラ芸人の一人としか思わない。若い頃からほとんど聞かず嫌いだからファンの諸氏には恐縮。ただ聞かず嫌いでは批評はできない。先日「らくだ」と高評の「芝浜」をレンタルCDで聞いた。しかし納得できなかった。この数年は以前にあまり聞かなかった円生をよく聴いてきた。それは志ん生と共に話芸の頂点である。そのような芸を楽しめれば談志など聴かなくともよい。眠れぬ夜に名人たちの案内で笑いの世界へ誘われていくのは何とも至福の境地と言ってもよい。談志が志ん生や円生と比べてつまらないのは歳をとり彼らの芸のような成熟がなかったからだ。成熟した芸というのは落語の世界に限らない。先ごろ堪能したウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを見聴きして痛感したのは高齢の楽員、演奏家たちが多いことである。若い優秀な演奏家たちを集めれば優れたオーケストラができるわけではない。ベルリン・フィルとの違いの一つは、そのようなところにもあるだろう。とかく世間からは疎まれがちな中高年たちだが落語の世界で横丁のご隠居の存在は不可欠である。自らはさておいて、人は成熟する生き物である、という命題の真偽を考察しなければならない。三人の噺家の録音を聴いてそう思う。

 それは政治の世界も同じである。二代目、三代目たちがデカイ面して横行する我が国の政治状況は憤りを超えて呆れるしかない。そんな状況に学者、インテリたちがもっともらしい論説を吐く現状は茶番を超えて喜劇としか思えない。既に国庫は火の車にも関わらず独自の活路が見い出されない此の国の将来は暗澹としている。

 年末から新年にかけてお笑い番組やNHKの真面目な番組までアレコレ見たけれども興味深かったのは宗教学者の山折哲雄氏が福島の現状を含めて現今の窮状を法華経の譬喩品を引いてユダヤ・キリスト教文明との違いを強調していた話だった。氏はノアの箱舟に象徴される彼の宗教の選民思想と対比させて譬喩品で説かれる火宅の中の三車一車の喩えを例にとり、一部の人だけでなく全ての人を救おうとする思想を讃する。その詳細は近いうちに再考しよう。

 最近、五木寛之氏が「下山の思想」という著書を上梓した由。これは親鸞、法然、日蓮、道元たちが比叡山で学を修めたのち山を降り世間へ出て衆生済度を実践したことを再考せよ、という主旨の本ではないかと推察する。であれば、その言や好し。

 ところで談志である。数年前に柳家小三治師の高座を池袋で聴いた。そのとき師は、まくらで志ん朝、談志の姿が彷彿とするような話をした。ある飲み屋に小三治師と談志がぶらりと入ったら志ん朝が一杯飲みながら食事をしていたそうである。すこし離れた席で二人は飲んでいて、そのうち談志が聞こえよがしに「美濃部はようー」と志ん朝をからかったそうだ。志ん生の倅、志ん朝の本名は美濃部である。小三治師は、よしなさいよ、くらいのことは言っただろうがチンピラ芸人の談志はライバルを露骨にからかった。その三人の対比にアカショウビンは納得したのである。三人の中でもっとも成熟した芸域に到達しそうなのは今や小三治師であると確信する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 4日 (水)

新年好!

新年はウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートで音始め、というのがアカショウビンの近年の習慣である。楽員、指揮者、会場の紳士・淑女の表情を眺めながらアンサンブルを楽しむ。間にはバレーも。それは録音・録画といえど極上の贅沢というものだ。今年は数年ぶりにマリス・ヤンソンス。初登場の時は曲目の選択が面白かった。今年は会場にジュリー・アンドリュースの姿が見られたのも間違いではあるまい。ご健在で何よりだ。若き頃の面影は十分に残っていると拝顔した。D・バレンボイムの時は子供達のバレーと動き、表情が何とも愛らしく、健気で美しかった。

DVDショップで2002年の小澤征爾氏の映像が安く発売されていたので喜んで購入。テレビでヤンソンスを観たあと改めて楽しんだ。10年前の小澤氏は既に還暦を過ぎている。しかし演奏が熱を帯びてくると指揮ぶりにも若さと勁さが漲ってくる。その10年後に病と格闘するような未来は思いもつかなった筈だ。あの時は奥様が日本人のコンサート・マスターのキュッヘル氏が日本語で挨拶し、大陸生まれの小澤氏が中国語で「新年好」と挨拶したのだった。小澤氏の指揮はオーケストラも楽しませている風があった。会場には夫人とお嬢さん、ご子息の姿も見えた。終演後は会場の多くが総立ちで、前年の9・11の悲惨を改めて年を革む如き何とも素晴らしい年の初めになった事を思い起こす。

さて今年は如何なる年になるだろう。気分は暗中模索というところだ。それでも一条の光が射す時と場所を求めて生きる。それが新年の覚悟としておく。

昨年は近しい人や映像や録音で出会った幾人かの死の報も聞き伝えられた。遺族の方々とお会いし冥福を祈った。新しい年を生きるということは、それらの人々の記憶と思い出、志を受け継ぐことでもある。昨年から約40年ぶりに読み直した石牟礼道子さんの「苦海浄土」は改めて此の世の苦の生き様を読み取る。それはアカショウビンの精神、魂を激しく共振させる。今年は、改めて、そのような諸々を背負うて生きねばならぬ。娑婆の苦楽は心置きなく、思い合わせて祈るしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »