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2011年11月 5日 (土)

沖縄と信州

 高校の英語教師をしている友人のN君は修学旅行で沖縄に来ている、と携帯で話した。こちらは仕事で信州・佐久から安曇野と回り、N君に佐久や安曇野の景色や食べ物の話でも伝えて羨ましがらせてやろう、と思ったら、あちらのほうが面白そうでがっかり。生徒を引率して忙しいようで碌に話もできなかったが、近いうちに詳しい話を聞けるだろう。沖縄で何を見るのか知らないが普天間の現場でなくとも基地の町を目の前にすれば高校生たちも様々な刺激を受けることだろう。それは生徒たちだけでなく、N君や同僚の教師たちも同様だ。沖縄出身の同窓生H君は一昨年、大阪で久しぶりに会った時に、基地の町という実態は、軍用機が頭上を飛び交う現地に住んでみないとわからないよ、と何やら深い悟りを会得した風情で話していたのを思いだす。  

 一方、こちら信州は北アルプスの景観など風光明媚でかつての小学唱歌に歌われた日本の原風景のような場所だ。地獄の戦禍を経験し、いまだ米国の支配から逃れられない沖縄と信州の対比は、言うまでもなく沖縄の現実のほうが現在を生きる日本人には重く喫緊の問いとして返ってくる。信州の地で日本の農業の現実と将来を土地の人々の生の声として聴くことは、しかしながら食の現在と将来に愚考を巡らす時でもある。信州と沖縄の歴史と現実で共振する幾つかの論点がある。TPP(環太平洋連携協定)も野田政権は参加するらしい。唯々諾々と宗主国の罠にはまる如き姿は情けなさを超えて憤るしかない。N君の沖縄の旅の感想を楽しみにしながら。

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