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2011年8月15日 (月)

8月の記憶

 広島原爆の生き残りである、宮沢りえ(以下、敬称は略させて頂く)演ずる福吉(ふくよし)美津江は原爆投下の瞬間がトラウマとなっていて雷(ドンドロさん)を極端に恐れる。やがて雷雨は去り、亡霊である父親の竹造の 「きれいな、お日さんが出とりんさる」と晴れ間から陽が射すのを窓を開けて、そう語る。

 既に何度か書いたけれども「父と暮せば」(2004年 黒木和雄監督)は、今は亡き原田芳雄演ずる原爆で殺された父が饒舌な亡霊となって現われ娘に語るという趣向の芝居を映画化した作品である。上は冒頭のシーン。この、地元の人からすれば、よそ者の広島弁は違和を感じるかもしれないが、映像で語られる台詞の含む意味は多くの観客に伝わる筈だ。それは愛とも慈しみとも言える言葉が指すものだ。

 娘は父に麦湯を勧める。しかし父は「ワシはよう飲めんのじゃけん」と応える。映像では見えても娘にとっては亡霊の父親が麦湯は飲めない事情が何とも微笑ましい。娘は恋心を覚えた若い男が分けてくれた饅頭を父にも勧めるが、やはり「食えんのじゃけん」と応える。

 図書館に勤める娘に原爆資料が欲しいと頼む26歳の原爆研究者の男と娘の出会いの時の男の願いに娘は、こう応える。「原爆資料の収集には占領軍の眼が光っておいでです。たとえ集めたとしても公表は禁止しておってです。それに、一人の被爆者としては、あの夏を忘れよう、忘れよう、と思うとります。あの8月は、お話もなぁ、絵になるような事もなぁ、詩も、小説もなぁ、学問になるようなものもなぁ、一瞬のうちに人の世の全てがのうなっておりました。そがなわけですけぇ、資料はよう集めとらんのです。それどころか、資料が残っとるようなら、処分してしまいたい思うぐらいです。うちも、父の思い出になるようなものは、何もかも焼き棄ててしまいました。」

 原爆が落ちた後の親子の会話で、「えぇ、先生がおられて、えかったのう」と応える原田の台詞は故人の声として近親の方々にも、われわれ観客にも深い慈しみに溢れた声として心の奥に響く。

 娘は先生に励まされて自宅に戻ると、そこは「魚を焼くような臭いのたちこめ」ていた、と記憶を辿る。そして「泣き泣き、おとったんの骨を拾いました」と語る。父は「そうじゃったのう、ありがとうありました」と謝す。その台詞も心にしみる。

 娘は防空壕で生き延びていた友人の母親と会う。しかし被爆した彼女は「げっそり、痩せておいでじゃった」と、その様子を話す。父親は「むごいことよのう」と応える。娘は友人の母親が自分の娘の友人に会えて驚き喜び力いっぱい抱きしめて、「よう来てくれたぁ、と言うてくれんさった」と続ける。ところが、そのあと、母親は自分の娘のことを話しているうちに態度が豹変した。「うちを睨みつけて」と絶句する。父親は「どうなされた、というんじゃ」と娘の答えを促す。母親は「なしてあんたが生きとるん。うちの子やのうて、あんたが、生きとるんは、何でですか」と詰ったのだ。娘は泣きだし「そのお母様も月末(つきずえ)には亡くなられた」と話す。

 娘は生き残ったことが「不自然なこと」だと自分を責めるのだ。「うち、生きてるんが、申しわけのうてならん」と父に訴える。父は、そのようなことは「口が裂けても口にするなや、聞きとうないわ」、と怒声を発する。娘は更に続ける。「うちの友達は、あらかたおらんようになってしもたんです。防火用水槽に直立したまま亡うなった野口さん、口ベロが真っ黒に膨れ出て、まるで茄子(なすび)でも食わえておられるように歩いておられたゆう山本さん、卒業して直に結婚した加藤さんは、ねんねにお乳をふくませたまま息絶えた。その乳房に顔を押しつけて泣いとったねんねも、そのうちに、此の世の事は、なーんも知らずに、あの世に逝ってもうた。中央電話局にはいったお父さんは、動けんようになった後輩二人を両腕に抱いて、私らここを離れまいねぇ言うて、励ましながら亡うなったそうです。あれから三年も経つのに、未だ帰っておらん友達もおってです」。そして「あのときの広島は死ぬるんが自然で、生き残るんが不自然じゃったんじゃ。そうじゃけん、うちが生きとるんはおかしい」。

 父はそれに応え「死んだものは、そんな風に考えちゃぁ、おらん。このワシにしても、なーんもかも納得しとるけぇ」と娘を慰める。しかし娘は「生きてるんが、申しわけのうてならん」と声を絞り出す。そして「だけど、死ぬ勇気もないです」と付け加える。

 先に観た「一枚のハガキ」の新藤監督は昨年、撮影を始めた頃にテレビの対談番組で「私は原爆が落とされた瞬間と、その後の数分間を描きたいのです」と述べていたのではなかったか。しかし最後の作品で短く原爆の実写映像は挟まれているが、その後の数分間は描かれていない。それを描いたのは黒木監督のほうではなかったか。作品を観直して、原田と宮沢の台詞で黒木監督は新藤監督が撮り得なかった映像を撮ったように思える。また松村禎三の音楽が素晴らしい。「一枚のハガキ」の林 光と共に最良の作曲者が映像と相俟って音楽で作品に更に深みを与えたと讃えたい。

 この作品を何度か観直せば米国に原爆投下の罪を突きつけなければならない憤怒が沸き起こる。それは自衛戦争とか侵略戦争という論いを超えて湧き起こる怒り以外の何物でもない。

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