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2011年6月 5日 (日)

辺見 庸氏の独白

 今朝のNHKテレビが辺見 庸氏(以下、敬称は略させて頂く)のインタビュー映像を放映していたのをたまたま見た。インタビューというより氏の独白の如きものだった。かつて放送された脳梗塞後のリハビリの姿は痛々しかった。大腸ガンの治療経過はどうなのだろうか。しかし言葉を選びながら、一語一語を噛みしめるような語りは刺激的で挑発的だ。 

辺見の故郷を襲ったこの大震災について氏は「宇宙の一瞬のクシャミ」が人類の破滅を齎す事を今回の震災は思い知らせた、と語る。氏独特の晦渋で執拗な思索を語る言説は実に興味深かった。アドルノの「アウシュビッツ以後に詩を書くことは野蛮である」という痛烈な洞察を引き、辺見はその言葉の重みを改めて計り探るように語る。それは報道記者、小説家という経歴を経て病に冒され小説の執筆が儘ならず今や詩を書き思索、考察する語りが何を伝えるのか見る者に問いを促す。

あの震災を語るマスコミの言葉に事態を語る本質的な言葉があるだろうか?と辺見は問い否定する。しかし、それでも忘我し、佇み、嗚咽、慟哭する人々に私は書くことでしか報えない、という誠実はこちらを刺激する。

未読の新作を読む前に2007年10月に出版された『たんば色の覚書 私たちの日常』の「あとがきのかわり」にと記された「痛みについて」から引用しておこう。

―私たちの日常とは痛みの掩蔽のうえに流れる滑らかな時間のことである。または、痛みの掩蔽のうえにしか滑らかに流れない不思議な時間のことである。日常を語るには、したがって、痛みを語るほかない。(p154)

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