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2011年5月10日 (火)

騒ぐ血

 先日久しぶりで会った学生時代以来の友人I君から戴いたDVDで徳之島版沖縄民謡「安里屋ユンタ」を聴き見た。地元のイベントで少女たちが踊りながら奏でる趣向である。歌に合わせて踊る姿は琉球舞踊の真髄が垣間見られた。高校時代の大阪の友人が沖縄女性と結婚し結婚式で琉球舞踊が披露され初めてナマで見た。また沖縄出身のオペラ演出家が亡くなり渋谷で追悼会が模様されたときにも琉球舞踊が演じられた。徳之島の少女は、その踊りの真髄とでも言える所作を受け継いでいた。島は違えど琉球文化圏の中でそれは本質的な同様の形というものがあるのだ。蛇皮線と囃子と太鼓。この三者が奏でる歌い継がれ踊り継がれた旋律と踊りには我が精神と無意識が反応する。血が騒ぐとも言える。少女達の姿と標準語は日本のどこでも見られる普通の女の子だ。しかし少女達は親や周囲の大人たち爺さん婆さん達から言葉や謡い踊りの所作を介して土地の歴史と魂とでもいうものを心身で習得していく。それは文化などという安っぽい概念ではない。島の、土地の中に染み付き受け継がれた人々の生死の痕跡を彼らは引き継ぐのだ。その貴重で掛け替えのない経験も成長するにつれ言葉は標準語という本土で形成された日本語に染まり忘れ去られる。アカショウビンとて同じだった。しかし蛇皮線と音と踊りを見聴きすれば子供の頃に全身全霊で生きて受け継いだ経験と体験が甦る。

 この時節の1945年の沖縄は地獄の様相を呈していた。しかし末裔たちは占領の苛酷は時に噴出しても長閑な日常を生きられている。その幸いを言祝ぎたい。しかし現世は時に苛烈である。「占領体制」のなかで苛酷は土地に生きる人々にしかわからない。沖縄戦は本土のなかで既に風化している。天災も忘れ去られるだろう。しかし原発は近代技術文明が遺した抜き難い棘である。果たしてこの棘を人類は抜くことができるだろうか。

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