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2011年4月 2日 (土)

原子學

保田與重郎が「日本に祈る」のあとがきで書いている箇所を引用しよう。

我々は、アジアの清醇な道義生活を恢弘するために、近代の常識となつてゐる一切の政治的言論を放棄する努力に心を向ける。我々は「近代」の現實と理想を第一義の道義と考へない、従つてその「近代」の持続を、いささかも願望するものではない。この点で、我々は原子爆弾や原子學とは、文明の見地と理念に於て無関係である。否、我々の文明はこれに対して無関心である。この無抵抗主義は、アジア的道義生活‐その絶対平和の恢弘を、思想の根底にすることによつて成立するものである。(「日本に祈る」 所収 保田與重郎文庫15 p261 変換が出来ず旧字体になっていない箇所があるのはお断りしておく)

戦後5年の保田の思索の一端がここにある。それは今新たな光芒を放っているではないか。それは都知事の浅薄な失言、暴言とも現総理の無能とも異なる次元で発された警告である。さらには欧米の側の警告も併せて考察するのが人類に残された可能性の通路を開くかもしれない。その声と思索は何処にありや?

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