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2011年4月28日 (木)

大江裁判の法的決着

 この数年間、裁判の経過を注目してきた大江健三郎・岩波書店沖縄裁判の原告側上告裁判が21日最高裁で棄却された。2005年8月5日から6年間にわたって争われた歴史事実を巡る解釈の是非を法が被告の立場を是とした。奇しくもこの時節は1945年の沖縄の現実と交錯している。原告側は「日本や日本軍の名誉を決して回復させてはならないという強い戦後の観念の下で下された決定だ」とコメントしたと新聞は報じている。これは司法判断を受容しない政治的思惑に浸されたコメントである。

 戦争という外交手段によってもたらされる悲劇や美談は無数に語られ映像化される。先日は知人が送ってくれた昨年米国で公開されたベトナム戦争での米軍によるソンミ村虐殺事件のドキュメンタリーフィルムを記録したDVDを見た。昨夜は「戦場のアリア」という第一次世界大戦の1914年の戦場を描いた映画作品も観た。沖縄、日本の歴史は世界史と共時的に共鳴している。その経緯を自らの存在と共振させながら夏に向けて娑婆の時間を充填させていきたい。

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2011年4月27日 (水)

声とは何か?

 昨日、帰宅の電車の中でCDから録音した朝崎郁恵さんの島唄を久しぶりに聴いた。それは西洋古典音楽やジャズとは異なる子供の頃に馴染んだアカショウビンの無意識と精神に刷り込まれ格納された神秘的とも思われるものだ。それは己の日常の陳腐さを恫喝するように響いた。朝崎さんの声は以前にも書いたけれども人間という生き物が発する何か原初の呻き声の如きものである。なべて此の世は響きと怒りである。また歎きと沈黙でもある。流言蜚語でもある。朝崎さんの声は絞りだされた声だ。そこには奄美という風土と歴史と現在と人々の集約された魂のようなものが宿っている。声と協奏する近代楽器は醜悪でさえある。それは洗練されているが保田與重郎が忌避した近代が音となって現れたものとも聴こえた。

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2011年4月 9日 (土)

日々雑感

 このところ読書意欲にも音楽を聴くことにもレンタルDVDを借りて観ることにも集中力が欠けていた。ダラダラと日常を凌ぎながら生きたとも言える。これは誠に宜しくない心身状態である。それでも保田與重郎の「日本に祈る」は読み直した。「日本に祈る」は戦後の文壇・論壇から爪弾きにされた文人・思想家の思索と生き様を伝えた一冊だ。戦後に変節した思想家・文学者がゾロゾロいた中で保田は戦前・戦中・戦後をほぼ首尾一貫して立場を貫き通した。その全仕事を通覧すると一人の意固地とも見える文人の拠って立つ姿と時代が透かし見えるのである。そこに保田が生涯をかけて否定した西洋の「近代」という時代をハイデガーやニーチェというフィルターをかけて考えると何事かの本質の如きものが炙りだされ理解される。

 何も保田を礼賛するわけではない。意固地の原因が戦前・戦中の著作を経て戦後から亡くなるまで書き継いだものを読めば少しは腑に落ちるのである。この月日の昭和20年の沖縄は地獄の様相を呈していた。春から夏に向かう時節に沖縄は落ち、内地の都市空襲は益々激しさを増し、二発の原爆で大日本帝国は息の根を止められた。その過程を忘れまい。なぜなら我が母が少女時代に我が祖父と乗っていた船が米軍機の襲撃に遭遇したとき 「屠殺場のようだった」と語った場で殺されていたらアカショウビンは此の世に存在することはなかったからである。

 先週は気になっていた文庫を一冊購入した。吉田秀和氏の「マーラー」である。今や90余歳の長寿を生きている音楽批評家がこれまで書いたものを集めたものだ。マーラーという音楽家を若い頃はあまり好きではなかったと正直に明かす稀代の批評家が人生の終盤になり率直なマーラー観を記している。その幾つかは、かつて読んだ文章だがバッハからモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスといった音楽家に比べればはるかに少ない批評しか書けなかった音楽家の一生が文庫一冊で精緻な作品分析を通し集約されている。時に通俗的とも貶されてきた優れた指揮者で作曲家だった人の音楽はそれまでの通説を覆す内実を持っていたことを批評家は理解する。それは怠惰な日常に喝を食らわされた効果はあり啓発された。しかし音楽は文章より実際に聴くことだ。アカショウビンも久しぶりにマーラーを集中して聴いている。

 大震災・津波・原発という三点セットが日本国と日本人の生き方にどのように作用し将来の選択となっていくのか。それを辿り血肉化することは同時代に生きる者として怠慢であってはならない。しかし人はいとも簡単に忘却する。これから夏まで、気力を駆り立て歴史を振り返り何らかの実りを得る精進を続けたい。

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2011年4月 2日 (土)

原子學

保田與重郎が「日本に祈る」のあとがきで書いている箇所を引用しよう。

我々は、アジアの清醇な道義生活を恢弘するために、近代の常識となつてゐる一切の政治的言論を放棄する努力に心を向ける。我々は「近代」の現實と理想を第一義の道義と考へない、従つてその「近代」の持続を、いささかも願望するものではない。この点で、我々は原子爆弾や原子學とは、文明の見地と理念に於て無関係である。否、我々の文明はこれに対して無関心である。この無抵抗主義は、アジア的道義生活‐その絶対平和の恢弘を、思想の根底にすることによつて成立するものである。(「日本に祈る」 所収 保田與重郎文庫15 p261 変換が出来ず旧字体になっていない箇所があるのはお断りしておく)

戦後5年の保田の思索の一端がここにある。それは今新たな光芒を放っているではないか。それは都知事の浅薄な失言、暴言とも現総理の無能とも異なる次元で発された警告である。さらには欧米の側の警告も併せて考察するのが人類に残された可能性の通路を開くかもしれない。その声と思索は何処にありや?

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