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2011年3月20日 (日)

国難と国民の活路

  昨夜、来月に福岡へ転勤し東京を去る高校時代の友人T君と電話で話していて、都知事がこの大震災を天罰と言い撤回した、という話を知った。先のブログでアカショウビンも「天罰」という用語を使った。しかしその使い方は異なることを説明しなければならない。彼は行政に携わる者としての言説を妥当とは見做さず撤回したのであろう。言うまでもなくトップは小説家上がりの政治屋でファミリーの長でもある。弟の映画俳優が持て囃されるのに便乗し首都行政のトップに成り上がった。その言動に多くの都民が同調した。その後も都民はその言説を可とし現在に至る。しかしかつて老境のライバルを歳のせいにして負かした本人がその愚を繰り返すのも笑止を過ぎて愚劣である。そのファミリーの国政への関与はアカショウビンが繰り返し憂える二代目、三代目のボンボンの能天気が国を誤らすと言う危惧の証左である。それは繰り返さない。しかし撤回したにしろ天罰とは何か?少しは仏教の知識もあるように思える彼が言う天とは少なくともキリスト教的土壌の神ではなかろう。では先の大戦前から掲げられた、かつての敵国が標榜する「正義」に対立する「神国」の言う天か?恐らく常に繰り返す失言の一つであろう。失言も繰り返せば正体が現れる。

 かつて鎌倉時代に39歳の日蓮は「天変地夭・飢饉疫・遍く天下に満ち広く迸る牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり死を招くの輩既に大半に超え悲しまざるの族敢てひとりも無し」と嘆じ一書で時の国家と世界と正面した。首都のトップにその文言は少しは反響しているかもしれない。しかし権力の亡者と化した如くの言説の軽薄は日蓮からすれば外道の妄言の如しであろう。

 鎌倉時代の天災と国政は当時の時代認識と相俟って僧侶はじめ当時の思想家たちを刺激、挑発させた。道元は山に籠り時の権力とは一線を引き、親鸞は関東の地で布教と思索に努めた。当時の仏教哲学は現代にも残存していることであろう。しかし近代文明は日蓮、道元、親鸞の思想を冷笑するかのように科学信仰に毒されている。そこで将来や未来に向けてどのように新たな地平が開かれていくのか?今回の大震災は鎌倉時代の仏教者たちの思索と対比してどのように熟慮されているのか。それは日本国への問いでもあり地球という惑星に棲む人間という生き物たちに突きつけられている問いである。これは日本国にとり敢えて言えば国難であろう。自然の猛威と脅威に人間はどのように対処し生きるという存在の回路を開いていくのか?ここで先人達の思索を通じ乗り越え開く契機が与えられたと解する。亡くなった人々に報いるためにも、喉元過ぎれば熱さ忘れる、であってはならない。

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