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2011年2月20日 (日)

死を準備する

 K先生の死は友人からの知らせとなってアカショウビンに届いた。昨年は仕事で縁のあった方の死を知り遺影に対面した。先日も仕事つながりの告別式に赴いた。アカショウビンの母は1年半の闘病だった。最期はひっそりと衰弱していった。しかし従容として見事な死だった。息子としては実に誇らしい死と言ってもよい。

 人の死は対面、正面しての死の他に知らせとして人に届く。それは知らせとしての死というものだ。そこには様々な濃淡がある。

 同窓のS君が先生の奥様から聞いた話によると最期は穏やかだったようだ。しかし8年間の治療、闘病の後の最後の2年間は苛酷と思えた。アカショウビンが大阪に転居して直ぐに先生から電話をいただいた。そのとき先生は「私も大病しましてね」と話された。「前立腺のほうですか」と訊ねると「いえ、違いますけどね」と答えられた。S君が先生の奥様から聞いた話ではガンが皮膚に転移し手術されたという。それが「大病」なのではないかと思った。3年前の同窓の忘年会のときは10人以上の面子が揃った。その時に撮った写真を見て此の世での縁を偲ぶ。

 死は知らせとして届くけれども死ぬまでの経緯は近親者か親しい者にしかわからない。死とは何か。古人は弟子から訊ねられて、未だ生を知らず何ぞ死を知るや、と答えた。それは知的な回答ではある。しかし別に答えることもできる筈だ。

 三島由紀夫が柳田国男の「遠野物語」を評して、その中には幾つもの死がごろごろしていると評したらしい。さすが三島である。賢察というしかない。

 ハイデガーは死を先駆的に覚悟するものと考察する。デリダは死を与え与えられるものとして。いずれアカショウビンも自らの死を迎える。それは到来するものなのか迎えるものなのか突然と来るものなのか。そのいずれでもあるだろう。しかし死を準備するのだ。それができるのが現在の日本という風土に生まれ死ぬ者たちに稀少な可能性となって経験できるささやかな幸いとアカショウビンは解するからだ。

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