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2010年12月11日 (土)

みやらびあはれ考

 先日、ネットのなかで保田與重郎の「みやらびあはれ」(新学社 2001年 保田與重郎文庫15 『日本に祈る』所収) という論考が取り上げられていて久しぶりに保田の文章を読み直した。ネットでの遣り取りは『増補 日本浪漫派批判序説』(未来社 1965年) で保田たちを批判した橋川文三の論考に馴染んだ人達のものだから自ずと批判的になる。しかしアカショウビンには実に自然に保田の言うところが腑に落ちた。その文章は昭和22年7月1日に書かれたものである。昭和19年に筆を絶っていらい初めて公けにしたものとしてその日時には意味がある。自序の漢字カタカナ平仮名交じりの文章には保田の並々ならぬ気迫が横溢している。戦前・戦中の論説が戦争に加担する「天皇制」礼賛の、占領軍の文化背景から言わせればキリスト教的な「罪」のような視角から保田は遇された。しかし保田はその遇されかたを受け止め自らの思想信条を曲げなかった。戦後に生まれたアカショウビンにはその生き様と文章が面白いのである。それは保田が依拠する王朝文化と天皇を介した大和の國の安らぎに満ちたニッポンという幻想・幻視があるにせよアカショウビンには何とも素直に保田の文章が読めたのだ。それをして人はやっぱり右よりなのねぇ、と揶揄することは想定内である。保田を読みもしない輩に保田がどのように理解されているか、その軽薄と浅薄には対抗しなければならない。

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