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2010年9月19日 (日)

最後の新藤作品

 来年公開される映画監督・新藤兼人の新作「一枚のハガキ」のメイキングをNHKで見た。この数年で未見の新藤作品や新作を劇場やレンタルDVDで見てきたが、最後になるという新作を観るのが楽しみだ。

 戦争は死んだ者たちばかりでなく残された家族を破壊する。

 それが新藤のこの作品でのテーマであり視線、視角だ。先年亡くなられた黒木和雄監督の晩年の作品も思い起こされる。黒木監督も新藤監督も先の大戦への強い思いは晩年に自らの仕事の集大成とする執念の如きものを痛感するのである。先の大戦を一人の兵士と夫を失った妻や家族の観点から98歳の老監督が描き尽くそうとする視角は格別と思われる。アカショウビンが震撼した「裸の島」(1960年) から新藤作品は時に劇場やDVDで観てきたが、これが最後の作品となるという。召集された同期100人のうち生き残ったのは6人。その最後の一人の執念を留めた映像は心して見たい。

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コメント

先日お知らせした、共栄丸についての記述の部分だけを抜き出してみました。『続 わーきゃしま花天』のほうは、おそらく共栄丸に同行した輸送船のことだと思います。そういえば、「徳之島の歴史文化自然遊歩記」というホームページの2009年2月18日の記事に、共栄丸と愛徳丸のことが少し書かれています。共栄丸に同行した輸送船は愛徳丸のようです。

・勝元清「日記「激戦下の徳之島」」(『徳之島郷土研究会報 第6号』(徳之島郷土研究会 1973)所収) 7頁
「十月十日 (中略)七時に共栄丸と軍の輸送船は疎開者を乗せて出帆せり。」
「秘 内報 共栄丸は航行中敵機の機銃掃射を受け、戦死五名、重傷者十四名を出したり。死者は鶴カナの子、岡山ツル、白坂栄一、米田奥綱の娘、中村富明の妻、十一日午後四時葬式の内報あり。重傷者は碇福明、岡山トメ、白坂エイ子、向田氏の子供等で名瀬の窪田、小久保病院に収容。輸送船は古仁屋方面に避難するも死者七名、重傷者五名と内報あり。」

・元田永真『続 わーきゃしま花天』(私家版 1985) 42頁
「翌十月十一日、奄美初空襲の犠牲者、宝山直良君は遺骨となって実父の胸に抱かれ花天に帰って来た。宝山君は、十九年の徴兵検査で甲種合格となり現役入隊を前にして先祖の墓参りで徳之島からの帰途乗客数十名と共に皆津崎沖合で空襲を受け、機銃弾を肩に受け船が古仁屋に着いた後、医師の手当てを受けたものの出血多量で絶命したもので、他の乗客中の死亡者十数名と共に薪木の火葬にふされたものである。」

投稿: きくどん | 2010年9月27日 (月) 午後 11時17分

 きくどん様
 
 コメントありがとうございます。

 亡くなられた方々のお名前を拝見し、改めてご冥福をお祈り致します。母は当時を振り返り、「船上は屠殺場のようだった」と眉を顰めていました。その中に母がいれば現在の私は存在しません。つくづく人の生の危うさと偶然、運命の不可思議さを感じます。
 改めて貴重な資料のご提供ありがとうございます。心より感謝致します。

投稿: アカショウビン | 2010年9月28日 (火) 午後 11時10分

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