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2010年8月15日 (日)

歴史と現在への視線

 アカショウビンを含めて多くの日本国民は本日を過ぎれば歴史の記憶はさらりと忘却の彼方へ流す。それでもアカショウビンは毎年、沖縄戦の終結した6月から原爆投下を経てこの日まで少しは歴史を振り返る機会を持つ。

 65年前に敗戦で戦は終結したが大陸では殺戮と違法が継続されていた。詩人の石原吉郎や盟友でもあった内村剛介はシベリアに抑留され戦後を生き延びた。しかし多くの抑留者たちは極寒の地で満足な食事も与えられず苛酷な労働や望郷の思いを抱えながら果てていった。数年前に仕事の関係でウラジオストクとナホトカを訪れる機会があった。ナホトカの日本人墓地の白い墓標に刻まれた日本名を辿り感無量だった。人の好さそうな老いたロシア人の墓守が先日は日本の大臣も訪れたと話していた。

 アカショウビンの父は満州帰りである。存命のころに満州での交戦の記憶を一度だけ息子に洩らしたことがある。ロシア兵の死体は少年兵も多かったと話していた。昨年亡くなった母は17歳の頃に祖父と共に貨客船の中で米軍機の攻撃を受け殺されかけた。祖父母や親達は戦争を現実に経験した。石原にとってその苛酷な体験は失語を伴うほどのものであった。望郷の思いはやがて怨郷に変化する。

 戦争は国家や多くの軍人や国民によって美化され忌避される。或いは意図的に改変される。隠蔽された驚愕する事実がある。それは全体でなくとも一部が暴露され露出する。その時に事実は回想され解釈され嘘も混じる。国民は事実を直視することに臆病であってはならない。そこで精神にはセンチメンタルや浪花節を超えた強さと明晰が要求される。それは石原や内村の詩や論考を読みながら熟考を促す。それは国際社会のなかで日本国民としての責任と見做されるものでもある。アカショウビンの関心で言えばドイツの政治状況や知識人たちの言動と共振させながら継続していくものである。石原や内村の著作や論考と併せながら継続しているハイデガーの論考や中断している保田與重郎やヤスパースの著作も再開しながら。

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