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2010年7月11日 (日)

内戦の記憶

 この10年近く40歳代半ば頃から目覚めは早い。若い頃の乱脈な生活のツケが回ってきているのか?ゆるやかにか、或る日突然にか、自らの死を心身は先駆的に覚悟、自覚しているのだろう。人間の生物としての寿命は平均的に100年を超えることはない。100歳まで生きるだろうと思っていた母も82年の生涯だった。

 昨朝は嘉手苅林昌のCDを聴きながら過ごしたが今朝はいつものNHKラジオの電源を入れると謹聴した。カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺を生き延びた女性の語りである。何とも見事な日本語に驚く。聴けば1965年生まれで10歳で苛烈な経験をされている。10代半ばで日本に留学していた姉を頼りポル・ポトの恐怖政治支配下のプノンペンから脱出し来日された。しかし内戦で父母や姉妹を国家に殺され奇跡的に兄や姉と生き残った経験は言葉で尽くすことはできないだろう。美しくさえある日本語で語られる経験は感情があはれとも思われるように抑制されて静かに明晰に語られた。その言葉の奥を想像し震撼するしかない。かつて「キリング・フィールド」(ローランド・ジョフィ監督 1985年日本公開)という映画が内戦の苛酷と苛烈を描いていた。

 彼女の話は生き残った者の語りである。その奥には苛酷に無残に殺された死者達の声と姿を想像しなければならない。今や40歳代なかばの彼女は二人の子の母親である。20歳前後の子達は母の体験をどのように聴き取り自らの生に活かしていくだろうか。

 戦後65年を経て日本国は一見平和でのどかである。テレビの電源を入れればチベット僧が曼荼羅と見做した映像が現出している。そこでは他愛もない青春ドラマや広告やお喋りが繰り広げられている。本日は選挙報道でマスコミは過熱するだろう。その幸いを冷笑しないようにしよう。それはいつか裂けて新たな悲惨と地獄が現出するかもしれないからだ。

 先日の「深夜便」で聴いた、先の大戦・朝鮮戦争の内戦を経験されて現在は米国に住んでおられる韓国女性や今朝の放送で語りを聴いたカンボジア女性は生き残った者として現在を生きておられる。その幸いの陰には様々な死者の声と姿が響き現出している筈だ。日本国の平和がいつまで続くか知る由もない。しかし現在を生きるわれわれにも死者達の記憶と自らの生を介して将来・未来に記憶と体験は引き継がれ渡されていく。それは殆どが生きる為に費やされる享楽と忘我・忘却の日々といえども或る人々には娑婆世界を生きるために背負う重い荷でもあるのだ。

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