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2010年6月 4日 (金)

レクイエム

 本日、友人のI藤さんから衛星放送を録画したDVDが8枚も送られてきた。かつて学生時代以来都内に棲んでいた頃にアカショウビンの音楽好きを知ってのお心遣いである。恐悦至極。しかも好みを覚えてらっしゃる。早速、テレビやマスコミに登場の回数も増えている佐渡 裕氏の指揮で今年1月16日に西宮市の兵庫県立芸術文化センターで行われたヴェルディの「レクイエム」から聴いた。平成7年1月17日に起きた「阪神・淡路大震災」から15年。亡くなられた方々を追悼し企画されたコンサートである。CDやレコードと異なりDVDで映像と共に観聴くとソリストの表情が見えて味わいもひとしお。オーケストラは兵庫芸術センター管弦楽団。ソプラノは並河寿美(以下、敬称は略させて頂く)、メゾ・ソプラノ林 美智子、テノール松本薫平、バリトン成田博之。合唱はオープニング記念第9合唱団と大阪ヴェルディ特別合唱団、合唱指揮は清原浩斗。ソリストの中では林が素晴らしい。実に表情豊かで他ソリストとの掛け合いも絶妙で歌唱も絶品だ。

 この作品は学生時代以来、クラウディオ・アバドがミラノ・スカラ座のオーケストラと合唱を起用して録音したレコードを愛聴した。その後、大嫌いなカラヤンが同じミラノで当時の旬のソリストを起用し1967年に収録したレーザー・ディスク(今や骨董の部類か)を購入。カラヤン盤であってもアカショウビンが偏愛するイタリアの名花フィオレンツァ・コッソットがソリストになっていて名花若かりし頃の名唱が聴ける。買って損はなかった。スカラ座のオーケストラ団員や合唱団員の映像と共に作品を体験できる事は実にありがたい事である。またロシアの偉大なバリトン歌手、ニコライ・ギャウロフの若かりし頃の声と姿も聴き見られる。ヴェルディの「トロヴァトーレ」などでのコッソットの名唱は繰り返し聴いて厭きない。また晩年はビア樽のようになった世界屈指のテノール、ルチアーノ・パバロッティがトレードマークの髯をそった、すっきり顔で細身(!)の若かりし頃の姿も見られる。カラヤン嫌いのアカショウビンもカラヤンのイタリアオペラの幾つかの演奏は認めざるをえない。

 この作品が映画で実に効果的に用いられていたのが「ノスタルジア」(1983年  A・タルコフスキー監督)である。冒頭に驚嘆する効果で使われていた。アカショウビンは「鏡」(1975年)以来のA・タルコフスキー・ファンで新作を観続けていたが、この作品には「鏡」と共通する映像の深淵を覗いた思いに捉われたことを思いだす。映像と音楽の掛け算(@黒澤 明)として、これだけ見事な作品は映画史で特筆される作品と確信する。タルコフスキーは作品にバッハやヴェルディの音楽の急所を映像と絶妙に組み合わせる才能が傑出していた。

 コンサートは佐渡の統率がよく効いていた。ヴェルディの死者達への鎮魂と「阪神・淡路大震災」の死者たちへの鎮魂の思いは人々の心底で共鳴しているだろう。佐渡の精力的な指揮にソリストやオーケストラ、合唱陣は熱演で応えた。オーケストラは近年の他のオーケストラと同じく多国籍。このような大作には普通外国人のソリストを起用するのが多いと思われるが、そこには佐渡の邦人演奏者への音楽家としての見識と被災地の遺族たちへの哀悼の共有の気持が込められていると思われた。心のこもった演奏を拝見・拝聴できたことをI藤さんに心から感謝する。

 アカショウビンは、このコンサートを是非とも沖縄でやって頂きたいと思う。鳩山政権の裏切りと米軍基地への憤りの底に存する沖縄戦で殺された死者達の無念に思い及ばなければならない。これを今年は無理であろうが来年は沖縄戦終結の6月23日に演奏して頂くのは如何であろう?熱き沖縄人の血には、これまた情熱のイタリア人の歌心溢れるヴェルディの「レクイエム」は人々の心底に響くと思うからだ。

 

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