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2010年5月30日 (日)

沖縄への視座(続)

 先日、沖縄から高校の同窓生であるH山君が上阪し梅田で他の同窓生たちや恩師のY田先生とも高校以来お会いした。先生は今は亡き画家の平山郁夫氏に続くシルクロード研究者である。今年これまで50数度も訪れた中国の様子を講演したDVDも頂いた。H山君とは5年前に都下で行われた同窓会のとき以来の再会だ。あの時はスナックのカラオケで中年オヤジ達が若者達の呆気に取られる顔を尻目に歌いまくり絶叫したねぇ。今回はせっかくの機会だから話題の米軍基地の帰趨問題を聞いてみた。戦闘機や爆撃機、戦闘ヘリが頭上を飛び交う恐怖感は基地の街に住む者でなければわからないと言う話はさもありなん。アカショウビンは激烈な「沖縄・奄美独立論」を聞き語り合いたかったが実に温厚なH山君は、アカショウビンには心身共に欠落している琉球貴族(見たことはないけれども)の風雅を漂わせながら大人の風格でやんわりと応答してくれた。言外の胸中は及ばずながら察さねばならない。同席された奥様は東京の人。H山君は少し照れながら出会いから結婚までのオノロケを話し、奥様は奥様で沖縄に住んでしばらくは東京モンとして敬遠されましたよ、と涼やかに微笑んだ。異郷でのご苦労も含めてお話を伺いながら御夫婦を暫しアカショウビンの我田引水で酒の肴にさせて頂いたのは恐縮。

 それはともかく。沖縄へのアカショウビンの関心は沖縄の人々にとって恐らく米軍機が頭上を飛び交う恐怖を知らぬ多くの日本人と大差はないものと聞こえるだろう。しかし異同は少し明らかにしておかねばならない。それは下記のかつて書いたブログを介して考えたい事柄であるからだ。奄美出身のアカショウビンにとっては昨年の薩摩による奄美・琉球侵攻400年の歴史とも相関することは言うまでもない。 

 「昔、海の向こうから戦がやってきて、あの日、鉄の雨に打たれ父は死んでいった」と「さとうきび畑」という作品で森山良子が歌っている。さらに「夏の日差しの中で 私の生まれた日に 戦の終わりはきた」と歌詞は続く。それは、時の移り変わりの不可思議さに歌詞の私はぼんやりと思い至っている、という印象だ。

 「知らない父の手に抱かれた夢を見た」という一行は心を撃つ。この作品の歌詞の中の「私」は亡き父を求めているわけだが、父は、あの激しい戦闘の中で殺され、この世には存在していない。「私」の記憶と想像の中の父親が森山良子の声を通して聴こえてくるだけだ。「私」が見る景色と感情の中で「夏の日差しの中で」、それは或る「意味」を生じ「私」は現実には存在しない父を「想い起こす」のだ。

 人という存在の不気味さを私達は忘れてなるまい。その事に気づくのはある極限状況でもある。「さとうきび畑」の舞台である沖縄の、1945年4月、米軍の艦砲射撃による地獄絵図の島に向け「大日本帝国」の戦艦大和は特攻をかけ数百機(千機とも)の米軍機の波状攻撃を受け、そこでもまた沖縄の大地同様の地獄絵図が繰り広げられた。私達は、この史上最大の戦艦の激闘と最期を奇跡的に生き残られた当時二十一歳の海軍少尉、吉田 満の「戦艦大和ノ最期」という稀有の記録と文章で読むことができる。敗戦後、GHQの検閲を受け書き換えた「戦艦大和ノ最後」、「鎮魂戦艦大和」、それと実に貴重な初出テクスト「戦艦大和の最期」は保阪正康氏が編纂された『「戦艦大和」と戦後』(ちくま学芸文庫 2005年)で吉田の戦後の文章と共に読めて貴重だ。初出テクストは批評家・江藤 淳が米国のプリンストン大学で日本文学を講義するため渡米していた間に図書館か公文書館に奇跡的に保管されていたのを江藤が昭和50年代に発見した。それは後に書き換えられたものとは異なる二十一歳の若者が経験した初めての苛烈な実戦体験が記されている。それを読むとアカショウビンは「さとうきび畑」を聴きながら米軍の猛攻を受ける沖縄で最後の戦闘を挑むべく片道燃料で出陣し志半ばで殲滅させられた当時の科学技術の粋を集めた戦艦大和に象徴させられる日本という国家の歴史にも思い至さざるをえない。「さとうきび畑」の感傷と悲哀と、大和の激戦と乗組員達を描いた吉田 満の著書と氏が生きのびた戦後の論考を併せ読むと、日本という国家の悲壮と壮烈と愚劣がアカショウビンの思考の中で乱雑に混在し響き合う。それはほとんどが不協和音というものであるけれども時に一人の歌い手の声を介してハーモニーともなるのだ。

  現実に目を向けると昨今の普天間問題で改めて明らかになった事実の一つに日本政府が肩代わりしていたと思われた米軍基地の借地料に伴う利権問題がある。テニアンへの基地移転について平野官房長官が沖縄米軍の受け入れを検討するという先方の鳩山首相との会見をなぜ阻止したのか?そこには政治屋や土地の利権に群がる沖縄人だけでなく多くは本土の人間たちであるという搾取の構造が透けて視える。「さとうきび畑」の精妙なハーモニーの裏には金銭に絡む実にドロドロした金銭確執が渦巻いているのだ。それは米軍を介した自民党政権から鳩山政権までの権力者たち、辺見 庸氏が「糞蝿」と吐き捨てるマスコミと結託している政治屋とそれに寄生する沖縄人、日本人がいるという事実だ。沖縄の米軍基地が有する「抑止力」などという概念は日米両政府のでっち上げと言ってもよかろう。なぜなら韓半島に於ける「有事」の際の米軍は沖縄に基地がなくても内地の米軍で十分対応できると米軍の戦略専門家が明かしているからだ。対中国についても日本や米国に中国が武力侵攻したことはかつてないし今後も可能性は実に低いと判断している。しかし「捨石」の沖縄が万が一、中国から攻撃されたとしても米軍が守るのは自国の駐留家族であり沖縄の人々ではないというのだから何をか言わんやだ。敗戦による米軍駐留で日本政府は金銭的に多大の投資を行い、それに伴う巨額の利権が生じた。それを沖縄、本土の金の亡者共が食い物にしているのだ。その現実を生み出したのは、本土、沖縄での米国の巨額の軍事予算と敗戦国政府の卑屈で空いた口が塞がらない愚劣な「思いやり予算」だ。日本国民として心から恥ずかしい。それもこれも、かつての仮想敵国ソ連が今度は中国という仮象として受け継がれている事に起因する。そこに世界の2大金満大国の金銭亡者たちが糞蝿のように群がっているのだ。

 「さとうきび畑」のハーモニーの底に蠢く不協和音をしかと聴き取らねばならない。そこには、かつて「西洋というペニスに掻き回されるアジアというヴァギナ」と国士・竹内 好が洞察した姿も透かし視られるからだ。地獄の地上戦から復興していくなかで沖縄は二重に搾取されているのだ。

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