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2010年5月20日 (木)

鉄斎美術館を再訪

 先日、天気が好かったこともあり宝塚の鉄斎美術館へ出かけた。先月の富士を描いた作品群を展示したとき以来二度目である。あの時は美術館に到着したのが遅く作品を十分に堪能することができなかった。今回は早起きし午前中に会場に到着した。阪急の清荒神(きよしこうじん)駅は梅田から急行電車で30分くらい。最初に訪れたときは意外に近い事に驚いたものだ。ところが駅から山中にある美術館までは坂道を20分近く歩かねばならない。しかしながら途中には清澄寺参道の各店舗があり楽しみながらいつの間にか美術館に着く。

 今回は「粉本に見る学びの跡」と題して多くが模写である。鉄斎は自ら自分の画業を、特に師承はなく、すべては盗み絵と語った。それが謙遜などでなく本音と受け取れもする今回の展示群だった。しかし89歳で亡くなるまで古今の技法を模写を通じて鉄斎は独学で習得し習熟した。今回の展示作品は、それを伝えようとする意図もあるだろう。前回の富士や山水の晩年の自在の境地の傑作群を俯瞰すると、そこに達するまでの点景を確認した思いに誘われる。晩年に益々冴え渡る筆の技と構想の境地の作品は前回の富士や山水に幾つか見られた。晩年の山水は何度も見たい。生涯二万点ともいわれる全作品のうち1200点を収蔵する同美術館だ。いつか何点か目にすることもあるだろう。

 それらの完成された傑作群からすると今回の模写の作品群は物足りなさを感じた。しかし原画との比較は考証的興味を掻き立てる効果はあった。等伯の「千利休像」は流石に等伯には見劣りするが鉄斎の視線と精神が感じ取られる。それは顔輝を模写した「達磨像」にも言える。雪舟の「慧可断臂図」も想い起こされたのは錯覚でもないだろう。顔輝を模写する時に雪舟伝とされる「達磨図」を想起したかもしれないと邪推するからだ。展示品は85点。その中には狩野探幽、渡辺華山、牧谿の模写など実に興味深かった。こういう機会をもてるのが関西に転居した功徳というものである。

 先月来たときは桜が満開だったが先日は既に葉桜で初夏の陽射し。鶯も鳴いて季節の移り変わりを実感した。 

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