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2010年5月17日 (月)

名人戦と或る裁判

 明日から将棋名人戦7番勝負の第4局が始まる。これまで羽生名人の3連勝であるから挑戦者の三浦弘行八段にはカド番の1局である。かつて囲碁界のタイトル戦で3連敗後の4連勝の逆転は何度かあった。しかし将棋界でそれはなかった。ところが先年そのジンクスが破られた。竜王戦で羽生名人の挑戦を受けた渡辺竜王がそれを成し遂げたのである。他の棋士ならいざ知らず、こともあろうに羽生名人をである。それを成し遂げた渡辺竜王の評価は棋界で特別なものになったのは言うまでもない。今回の名人戦で恐らくそれはありえないだろう。しかし三浦挑戦者には是非ともカド番を凌ぎ意地を見せてもらいたい。

 第4局の立会い人が加藤一二三元名人であることを米長邦雄将棋連盟会長のブログで知った。加藤元名人は野良猫への餌やりで猫の糞尿が周辺住民の苦情となり元名人が訴えられ裁判となっていることはアカショウビンも加藤ファン、将棋ファンとして気にしていた。その判決が先日下されたばかり。結果は原告の勝訴。米長会長としては元名人が世間を騒がすことに穏やかではなかろう。文章には軽い揶揄も込められていた。

 将棋界のニュースが対戦以外で世間に伝わることは少ない。昨今では中原名人との不倫騒動で世間を騒がせ棋界を去った林葉直子が女流棋界に復帰のニュースも読んだ。まぁ、この記事はさほど大きな話題ともならないだろうが加藤元名人の話題は裁判沙汰である。新聞以外のマスコミでどのように報道されているか知らない。善良な一般市民は裁判の結果で将棋界と元名人に或るイメージを持つだろう。しかし事の詳細はそのイメージとは異なることもある。一将棋ファンとして異見を述べておきたい。

 知る人ぞ知る加藤元名人は棋界では異色の人である。異色と言うのは氏が敬虔なクリスチャンであることでもある。その信仰の厚きことはかつてローマ法王からも賛嘆され表彰された。将棋指しがユダヤ教徒であろうが仏教徒であろうがイスラム教徒であろうがブードゥー教徒(そんな棋士がいるか詳らかにしないが)であろうが信教の自由は日本国憲法で認められている。何の問題もない。しかし米長会長が日本の国技にもしようと尽力している将棋は長い伝統を持つ文化的な格式を持つ。

 元名人は対局中にあからさまではなかろうが賛美歌を歌うというのは棋界では有名な話である。その後の事実は知らないが、かつて対局相手からそれで苦情も出たようだ。アカショウビンは若い頃に将棋に入れ込み当時は将棋の純文学(@米長邦雄)と目された矢倉という戦法は加藤一二三元名人の本で学んだ。その恩を忘れるわけにはいかない。アカショウビンは以来加藤一二三元名人のファンなのである。

 その氏が裁判で負けたという新聞報道にはウラまで読まねばならない。野良猫に餌をやることを世間では多くの日本国民が、いや諸外国でも決して「悪いこと」と思ってはいない筈だ。猫は人類と長く付き合っている生き物だからだ。我が国では犬猫として並び称される身近な動物である。しかるにその数が一匹や二匹なら許されて数十匹になりその糞尿の臭いが近所まで及ぶと訴訟騒ぎになる。この違いは如何なる理由によるのか?

 近年の用語では「住民エゴ」というのがある。今回の裁判のケースにもそれを看取する。もちろん事は簡単である。敬虔なクリスチャンでありながら常識を弁えない有名人が訴えられ裁判で負けた。それだけの事である。しかし野良猫に餌をやる事はそれ自体決して悪いことではない。にも関わらず行為が常軌を逸すると裁判にまで及ぶ。ここで常軌とは何か?それは常識ということであろう。

 裁判で負ければ事はいちおう落着する。しかし事実とは何か?真実とは何か?

 加藤元名人は世間的な常識で判断すれば少し奇矯なところもある人である。よく言えば純粋、悪く言えば世間知らずなのかもしれない。言うまでもなく敬虔なクリスチャンや仏教でも信仰に厚い人にとって世間と信じる宗教の世界は次元が異なるのであろう。しかし今回の場合、野良猫を哀れに思ったであろう元名人の心情が世間という常識と抵触し司法は原告の住民側の意を汲んだ。加藤元名人が控訴するかどうか知らない。しかし裁判の争点などの詳細は記事から不明である。今後の成り行きを見守り更に新事実が出るのであれば再考してみたい。

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