« 痛みと歎き | トップページ | 陽の光 »

2010年4月26日 (月)

凌ぎ

 須らく此の世に棲む日々は凌ぎである。ここのところ日々の憂さを晴らそうとレンタルDVDで「男はつらいよ」シリーズを観て厭きない。かつて観た筈なのだが物語の展開を忘れている。かえってそれが好都合で初めて観るように楽しめる。未見の作品も幾つかある。ヒロインやゲストは名優から人気タレントまで様々。第22作〝噂の寅次郎〟(1978年)のヒロインは大原麗子。哀れとも思われる最期を迎えた女優は若き頃から薄幸の風情を醸しだしていた。品良く老いた志村 喬も出演している。黒澤作品の名優の存在感は格別である。昨夜は桃井かおりがヒロインの〝翔んでる寅次郎〟(1979年)を観直した。当時はたぶん新宿の松竹で観た筈である。何と31年ぶり。木暮実千代が母親役で出演している。山田監督の大先輩、小津安二郎監督の「お茶漬けの味」の若かりし頃を思い出す。

 アカショウビンはこのシリーズを落語を聴くように観る。観るたびに新たな発見があるのが楽しい。名人の噺で経験する可笑しさが映像で楽しめるのはありがたいことである。山田監督は噺家が高座で同じ噺を繰り返し話すうちに或る境地に達するように映像で或る境地に達したと思われる。それを観客は見逃さない。同シリーズの長続きの理由はそこにある。日常に笑いは不可欠だ。笑わなければ人は生きていけないとも言える。山田監督は同工異曲の作品に緻密な細工・工夫を凝らし撮り続けた。そこには陳腐と紙一重の笑いと涙が醸しだされる。観客はそこに何事かの真実を読み取る。それは笑いのなかに生ずる苦味のようなものだ。

 中高年の日々の労働は寅さんのように毎日が凌ぎのようなもの。気儘に都合の良い時間だけ働いて良しとする者、生きるために老体を酷使し働く者。その仕事といえば生き甲斐とは程遠い。土木工事の下働き、清掃、工事現場の交通整理や警備の単純作業など。それでも不景気のご時世に仕事があるだけ良いほうだ、と人は言い自分も納得する。日本国民の多くは用意周到に老後を迎えるべく経済的に準備していることであろう。しかしアカショウビンは一年近くの失業状態から転居、母の看取りを経て、昨年9月にやっと低賃金の路上警備という職を得て現実の辛酸を舐めれば異なる世界があることに気付く。淀川の河川敷には何を生業としているのかホームレスたちがテントを張り暮している。踏み切り近くの工事現場で路上警備をしていると知らず様々な人々の姿を観察する。多くは善良な市民だが時折浮浪者も散見する。髪を伸ばし洗濯もしていない襤褸を着た中年男がトボトボと目の前を歩き去る。深い憂いとも諦めとも見える表情は哲学者のようでもある。それは底辺労働に就き辛くも日々を凌ぐのとは異なる生き方とも見える。人はそれぞれ孤独に娑婆の生を生きる。経済的に豊かであっても家族に恵まれていても病を得れば異なる状況が生ずる。金満大国といっても貧富の格差は広がっている。一人暮しの高齢者に娑婆の風は冷たかろう。孤独と不安は心身を領する。世に棲む日々は正に凌ぎとなる。

 この一年間でアカショウビンが経験した日々はサラリーマン生活の暢気さとは隔絶したものだった。母の死までの5ヵ月で親不孝のツケは返せる筈もなかった。その後の生活も生きるための凌ぎ仕事である。仕事といえる仕事ではない。賃金は搾取され多くの高齢者は愚痴っても経営者に楯突くわけにはいかない。経営者はそれにつけ込み平然と収奪する。もちろん労働者も経営者もピンキリである。有能な者から愚鈍まで娑婆は多様性で構成されているのだ。サラリーマン生活の微温湯に浸かっていれば底辺労働の苛酷は異世界のものだ。人間50年も生きれば綻びと急場は次第に多くなる。肉体的にガタもくる。病にも罹る。夫婦の間に倦怠と亀裂も入る。親や親戚、知己に病や経済破綻があれば援助もしなければならない。

 仏教では生老病死と人の生を概括する。それでいけば人生の75%は老いて病に罹り死んでいくことになる。楽しみもあるだろう生は25%というわけだ。貴族から出家した釈迦が世俗で生きた実感は此の世は苦というものだ。その苦を抜き楽を与えたいというのが釈迦の達した思想ともいえる。敗戦の傷跡から驚異的な力で回復し戦敗国と肩を並べるまでに復興しても昨今はアチラコチラに綻びが生じている。世界は先進国の満ち足りた日常とは異なる速度で変化している。未だ世界の各地で砲声は止まず残虐が繰り返されている。釈迦が古代に喝破した此の世は苦という観察は現在も世界を見渡せば痛烈な真理とも見える。人の生きる時間はそれぞれである。人は長く生きるほど病や不幸は自らと周囲に増えるばかり。病に罹れば此の世は苦となる。気楽に暢気に人生を終えられる人はごく少数だろう。アカショウビンの余生は如何ほどか知らぬ。しかし毎日が凌ぎであることは確かだ。

|

« 痛みと歎き | トップページ | 陽の光 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/48231705

この記事へのトラックバック一覧です: 凌ぎ:

« 痛みと歎き | トップページ | 陽の光 »