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2010年3月31日 (水)

アドルノの舌鋒

 グールドの録音を聴きながらアドルノの「プリズメン」(1996年 筑摩書房)を書棚から衝動的に引っ張りだした。「バッハをその愛好者たちから守る」という表題でアドルノのバッハ観が読める。これと拮抗してバッハを語ることのできる人はグールドは必ずやその一人である。

 アドルノの舌鋒は「本来性という隠語」(1992年 未来社)でハイデガーにも及んでいた。そのニュアンスはドイツ語に習熟していなければ理解できそうもない。しかし隠語はどの国語にも言葉の中に発見できる。それが思想とか哲学になると影響は個人の裁量の外となる。しかしグールドの奏するバッハは素晴らしい。批評はともかく音楽に浸る悦びは格別だ。

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