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2010年1月30日 (土)

ドイツの宗教的土壌

 ラクー・ラバルトの「ドイツ精神史におけるマルクス」という論考からインタビュー記事に答えた言説を引用しておく。

  ― そう、宗教闘争の巨大な戦場というのは非常に複雑です。西方-東方教会の教会分離、宗教改革による西方(ローマ)教会内の内的分離について、じつは、私がとても高く評価している、炯眼な精神の持ち主、ジャン=ジョゼフ・グーの説明を聞く機会がありました。彼がいうには、第一に「わかりませんか、ヒトラーはカトリックなんですよ」と(たしかにその通りで、彼はオーストリア人でありカトリックでした)。第二に、「彼の大きなモデル、それはイエズス会だったのです」と。

 それに対する私の返答はこうでした。「でもナチズムだってやはり宗教改革の産物なのであり、マルクス主義だってそうなのです。ただし、ヒトラーもマルクスもそうとは知らずにいたのです。マルクス主義のほうは、マルクスのロシア的読解のせいで、ビザンチン起源の教会と同盟を結んだのです。そしてナチズムの方は、実のところ、ドイツのルター派によるほぼ全面的な統一のおかげで、本質的に勝利したのです」。

 ある意味では、これはヤーコプ・タウベスという今は死んだベルリンの哲学者がいったことですが、(彼がいったように)今でも次のようにいうことは可能でしょう。ドイツにおける三つの破局的な思想、それは、ヒトラー、ハイデガー、カール・シュミットという三人のカトリック教徒に代表された思想であると。たしかに今でもそういおうと思えばいえるでしょうけどね。

 しかしハイデガーは、実際は、カトリック教徒であるより、はるかにルター信奉者だったのです。彼はたしかにカトリック宗教の下で教育されました。カトリック神学の勉強もしました。しかし、じつは、神学を離れるや否や、教え始めるようになって以来、まるで偶然であるかのように、二〇世紀最大のプロテスタント神学者の一人ブルトマンと一緒だったのです。ハイデガーのカトリシズムは、(彼の個人史においては)とても遠くにあるものであって、いわばマルクスのユダヤ起源のようなものです。彼に刻印を残すようなものはありませんでした。

 ところで、ヨーロッパにおいては、事情は複雑です。(カトリシズム、プロテスタンティズム、ギリシア正教だけではなく)以下のようなユダヤ教[の歴史]もあるのです。西欧においてはカトリック教会の支配の末期、異端審問の末期、つまり、ポルトガルからスペインへ、スペインからイタリアへ、イタリアからフランスへとユダヤ人を連れ回す組織的な強制移送(ただし、何人かの君主や教皇は、ユダヤ人が彼らの銀行だったことから、庇護しつつということはありました)の終わりの時期に、ユダヤ人は、いたるところで駆り立てられ、南仏やボルドー(ここには大きなユダヤ社会がありました)、バスク地方、アルザスに逃れました。このようなユダヤ教[の歴史]があるのです。

 しかし、このユダヤ教においては、ユダヤの伝統の代表者たちのほとんどが、彼らの住みついた国の文化に統合されました。とくにドイツのユダヤ人について人々がいつもいうことですが、彼らはドイツ人以上にドイツ的です。ベンヤミン、あるいはアドルノ、ブーバーは誰よりもドイツ的です。[それとは対照的に]東欧においては、ユダヤ人は、やはり、とても閉ざされた社会のプロレタリアートであったし、多くの場合は農民でした。アルザス地方にもユダヤ人農民はいましたが、アルザスの場合は、同化もありました。

 (p161~163)

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