« 或る時代 | トップページ | 大戦後という時空間 »

2010年1月23日 (土)

或る時代(続)

 若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」(190分)の最後のクレジットから抜粋して年代史的に1970年代以降の歴史を振り返ってみる。

 1974年 8月30日 東アジア反日武装戦線 丸の内の三菱重工本社ビル爆破

 1975年 8月4日 日本赤軍 クアラルンプールの米大使館占拠 西川 純 戸平和夫 連合赤軍の坂東國男 赤軍派の松田 久 東アジア反日武装戦線の佐々木則夫ら5人を逮捕

 1976年 9月23日 日本赤軍 奥平純三 日高敏彦 ヨルダンで拘束 日高敏彦はその後 自殺

      10月13日 奥平純三 日高敏彦の遺体 日本へ強制送還 

 1977年 9月28日 日本赤軍 日航機ハイジャック ダッカで奥平純三 赤軍派の城崎 勉 東アジア反日武装戦線の浴田由紀子 大道寺あや子 獄中者組合の泉 水博 仁平 映ら6人を奪還

 1982年 6月16日 連合赤軍の永田洋子 坂口 弘に死刑判決

 1985年 5月20日 日本赤軍の岡本公三 捕虜交換で釈放 

 1997年 2月15日 日本赤軍の岡本公三 和光晴夫 戸平和夫 足立正夫 山本万里子 レバノンで拘束

 2000年 3月18日 岡本公三を除く日本赤軍の和光晴夫 戸平和夫 足立正夫 山本万里子 日本へ移送

      11月8日 日本赤軍の重信房子 大阪で拘束

 2001年 4月14日 重信房子 日本赤軍の解散を表明

 2002年 3月30日 元日本赤軍の檜森孝雄 イスラエルのパレスチナ住民に対する虐殺・占領に抗議しパレスチナの子供たちの解放を願い東京日比谷公園で焼身自殺

 若松監督やナレーターの原田芳雄のメッセージは幾つかのシーンの間に読み取れる。この作品は日本という現在の金満国家がそこに到る過程で去っていった人々たちへのオマージュであることは言うまでもない。

 戦後の世界史のなかで、これらの事件を配置すれば様々な感慨と共にアカショウビンも自らの生を振り返り歴史と己の生の過程が走馬灯の如く脳裏を駆け巡る。

 戦後の学生運動が欧州や米国の学生運動とも呼応し世界史の中で明滅していたことは歴史を辿れば明らかだ。戦前から戦後、現在に到るまでの左翼運動や右翼思想との確執は次のような言説をも導き出す。

 ハイデガーは、マルクスがヘルダーリンという人物を知っていたということを、そしてヘルダーリンを読んでいたということを知っていただろうか。ハイデガーは、この日付において、たとえばマルクスの『初期著作集』に収められた論考のうちの何を読んでいた可能性があるのだろうか。何がハイデガーにとってヘルダーリンの「箴言」と響き合うものと映り、そして逆説のきわみだが、「精神的なもの」の指標とみなされたのか。マルクスをもっぱら糾弾するという以外の仕方では、ハイデガーがマルクスを名指すことができなかった時局において、したがってこの日付においてヘルダーリンを読むということは、より正確には、「精神たちのコミュニズム」のヘルダーリンを読むということは、たとえ「精神たちのコミュニズム」という題名を隠しておかねばならなかったとしても、当然のことながら、そこにマルクスを読み込むということを意味していたのである」(フィリップ・ラクー=ラバルト「『貧しさ』を読む」より)

 『貧しさ』(M・ハイデガー ph・ラクー=ラバルト 西山達也=訳・解題 藤原書店 2007年4月30日)は編者によると、1945年6月27日にハウゼンのヴィルデンシュタイン城の林務官舎においてごく限られた内輪の聴衆に向けて発表した講演の原稿である、と記している。ドイツ第三帝国が砲声と空襲の炎とともに没落した渦中での哲学者のメッセージにラクー=ラバルトは鋭くハイデガーの思考の行間と背景を読み込んでいく。

 『貧しさ』の題によるハイデガーの講演原稿はヘルダーリンの「箴言」への検討から始まっている。ヘルダーリンが1798年から1800年にかけてフランクフルトにほど近いホンブルクで友人シンクレールの邸宅に滞在していた時期の論考の一つをハイデガーは自らの思索・考察に引き寄せて恣意的に解釈している、というのがラクー=ラバルトの告発だ。ハイデガー研究者の晩年に書かれた何とも刺激的な論考である。副題にはジャック・デリダに捧ぐと付されている。デリダが亡くなる前に読んでもらうつもりだったとコメントされている。そのラクー=ラバルトも逝った。その後で彼らの論考に改めて接するのは現代を生きるアカショウビンの思索の楽しみであると同時に現在を生きるそれぞれの個や他者たちの生への挑発的な論説・論考でもある。

|

« 或る時代 | トップページ | 大戦後という時空間 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/47365197

この記事へのトラックバック一覧です: 或る時代(続):

« 或る時代 | トップページ | 大戦後という時空間 »