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2010年1月 1日 (金)

2010年、年の初めに

 年の初めに聴くウィーン・フィルの「ニューイヤー コンサート」は楽しい。柔らかな弦楽器と絶妙のバランスを保った管楽器。一昨年は、それまで殆ど聴いたことのないジョルジュ・プレートルで聞き流したが昨年はバレンボイム。これまた指揮も本業のピアノもそれほど好きなわけでもない。しかし余技の指揮は前年からのイスラエルのガザ攻撃でアルゼンチン生まれのユダヤ人である彼がどのように指揮するか興味があった。新年のコメントはそれに言及した筈だ。そして昨年がハイドン・イヤーとメンデルスゾーン・イヤーでありメンデルスゾーンには失礼しハイドンを演奏すると語ったのが印象に残った。それに演奏も我らが小澤征爾の登場以来久しぶりに集中して観聴きした。まだ元気だった母の手料理も楽しみながら。「美しく青きドナウ」の音楽に合わせて踊る子供達の姿は彼の地の天使のようだった。子供たちの「無垢」というものがあるとすれば、それはそれを体現していた。

 今年は再びジョルジュ・プレートル。昼間から飲んだアルコールの酔いで一眠りし起きたら演奏の途中だった。ウィーン・フィルの響きは欧州という地域の全てが凝縮されているようにアカショウビンは聴く。まぁ、それは妄聴の如きものである。しかし或る歴史的な建物の中で富貴な音楽愛好家の人々の中とはいえ歴史を体現した場で奏でられる音の響きとハーモニーには格別な清濁併せ持った響きを聴き取る。それが幻覚の如きものだとしてもそれでよいではないか。

 昨年末にズービン・メータが演奏する同じウィーン・フィルの来日演奏を聴いた。ベートーヴェンの7番は久しぶりに心躍る演奏だった。何よりウィンナ・ワルツが好かった。団員たちの「我らの音楽」を演奏する自信と楽しさが溢れていた。

 今年のジョルジュ・プレートルは、あまり聴き馴染んでこなかった指揮者とはいえ伝統の演奏会で奏でられる彼の地の歴史の何事かには思いを馳せるのである。彼らもそうだろうがアカショウビンにも「美しく青きドナウ」という曲には特別の思いがある。「2001年 宇宙の旅」という映画で使われた映像とのコラボレーションに中学生か高校生だったアカショウビンは息を呑んだ。以来、年初のウィーン・フィルの演奏で聴く同曲は格別の思いで聴くのである。

 映像では老指揮者のもとで演奏する演奏会の光景が映し出されている。ドナウと会場のコラボは陳腐であるから昨年の「天使」たちの踊る姿を想い起こし補う。しかしアップになる演奏者たちと会場の人々の表情を見れば人間という生き物たちの現世での「幸せ」の時の姿を観る。何とも偏屈な印象で申し分けない。

 続いては「ラデツキー行進曲」である。この演奏者達と会場の混然一体となった時の貴重さは格別だ。音楽が熱狂でも退屈でもなく人間達の安らぎと宥和でもあることが理解されるからだ。

 今の楽しい時も過ぎて行く。映像が途切れればその時も去る。新たな時は自ら体験し出会い、時に逡巡し迎え、拒否し、乗り越えていくものである。それは「等しきもの」の「永遠回帰」ではないだろう。それは新たに経験される「生成」するものである。またも訳のわからない物言いで恐縮。昨年以来読み続けているハイデガーのニーチェ講義が突然脳裏を過ぎるのである。

 テレビ映像を観ているとダラダラと観続けそうなので映像はそのままに音だけ変える。昨年来聴き続けた第九のCDである。1963年に録音されたライプツィヒ・ゲヴァントハウス・オーケストラ演奏。指揮はフランツ・コンヴィチュニー。渋く重厚だ。ドイツの響きというものだろう。大晦日には我らがN響をこのオーケストラの常任指揮者だったクルト・マズアが指揮棒を持たず腕の動きは柔和に、指先を小刻みに震わし、唇は何やら呪文を唱えているような姿で指揮していた。コンヴィチュニーの姿は見えないが音は何やら、マズアがかつて常任指揮者だった頃にFM放送で聴いたベートーヴェンの交響曲の「ドイツの響き」の如きように聴いて申し分ない。

 この楽聖の最後のシンフォニーは何度聴いても好い演奏にはこちらの精神と心が深く沈み浮かび上がり再び沈み浮かぶ想いに浸る。その理由はアカショウビンにとっては長くなり終わることがない類のものである。それは此の世を生きる何か切っ掛けというか契機のようなものである。まぁ、またも訳のわかならない物言いになり恐縮。

 昨年は母の介護と看取りと無職の困窮で過ぎた。まるで10年とも20年とも感じる時間を凝縮して経験・体験した思いだ。年が明けても別にそれが変わったわけではない。しかし人は日常に節目を作る加工を施す。戦後生まれのアカショウビンも戦争は体験していなくとも両親や近親の話を介して人間たちの生き方に新たな思いを馳せる。

 昨年は継続している書物の他に新たな本を読むことも少なかったが年末から読み続けている再発された文庫は興味深く読んでいる。「黄泉(よみ)の犬」(2009年12月10日・藤原新也著・文春文庫)。初出は1995年7月18日号「週刊プレイボーイ」誌。2006年10月、文藝春秋社から単行本で発売されている。初出とは「大幅に加筆改稿」されているようだ。

 しかし内容は刺激的で挑発される。あのオウム真理教「事件」に或る距離を取りながら言及した本となっている。幾つかの書き直しの跡は読み取れる。それはアカショウビンが生きた時間とも交錯する。それが興味深い。それは14年という歳月の経過のみに限らない。それは、その時間を共に生きた人々と、また死者たちへの係わりを含むものである。昨年の師走、たまたま連合赤軍に題材を選んだ若松孝二監督の作品を観た。そこでアカショウビンは高校時代に起きた事件の経過と結末に思いを新たにした。また同じ頃に起きた三島由紀夫の「事件」にも。それらは日本という国の象徴的な歴史事実として再来し考察を促すのである。

 藤原氏の著作も同様である。オウムの若者たち同世代の若者や氏が若き頃に放浪し暫し住んだインドの回想譚は刺激的で挑発的である。この行間にアカショウビンも共感、共振し違和をも感じ思索を促される。

 それは人という生き物の矮小と不気味と、そこから生ずる或る面白さである。何より書名が挑発的である。アカショウビンは著者のホームページで書名を「黄昏」と混同した。出版社は定かだが「たそがれ」という読みでは出てこない。正しくは「黄泉(よみ)」なのである。後日、書店で違いを知り文庫を買い求めた。年を跨ぎ読み続けている。異なる場で共に過ごした時は共有される。有(存在・現存在)とは斯くの如きものでもあるだろう。 

 氏にとってインド放浪・滞在時に視た光景はその後も間歇的に現在まで継続して明滅し現実に反映されている筈だ。ガンジスの中洲で犬に食われる人間の姿と犬たちに襲われそうになり対峙した文章は過去が甦るものとして記述される。それは何度か書き換えられ活字になりアカショウビンが眼にする物である。そこで氏の視線、文章、息遣いとでもいうものが交錯する。

 オウム真理教(オウム神仙の会)の頃の氏が撮った写真へのコメントにも挑発される。それは教団のその後の変貌の過程の一瞬を示して挑発的だ。その詳細は氏の文章に接しなければ伝えられない。その一部を引用してみよう。

 「(前の文は略させて頂く)何年か前に以前訪れたことのあるチベットの僧たちが日本にやってきてね。西武デパートの美術館のマンダラ展の催しに招待されたんだ。マンダラを描くためにね。彼らは生まれてはじめて文明世界に触れた。

 煩悩の地獄にうごめいていると思っている日本人は、彼らに会うたびに解脱とか悟りとかいったものがどのようなものであるか質問したらしい。ところがチベットの僧は〝あなたたちはもうそのようなものに煩(わずら)わされる必要はない〟と答えたんだ。あんなすばらしいマンダラを持っているではないかと。そのマンダラって何だと思う」

 「・・・わかりません」

 「テレビだよ。彼らはホテルに泊まった最初の日に、部屋にあるテレビを見てこれは何だと質問した。ルームボーイがテレビをつけてやると、食い入るように見つめてその場を動かなくなった。とくにCFとかが混ざり合う民放のチャンネルに興味を示したらしい。そしてやがて死者の書の枕経(まくらぎょう)のあたりをぶつぶつ唱えはじめたんだ。日本ではこういうものが一家に一台、いやひと部屋に一台はあると言うと驚いて、彼はこう言った。日本人はチベット人のように信仰深い人々だと。

 彼は皮肉ってこう言ったのではない。本気だったんだ。

 これはマンダラだと。(同書p164~p165) 

 たとえば彼ら(アカショウビン注:オウム真理教の若者たち)の行っていた修行にサマディというものがある。その言葉を聞いたときはじめは何のことかわからなかったが、それがインドの修行僧の口にする〝サマージ〟と同じ意味だと知ってすべてが氷解した。このサマージという言葉は日本語で言えば三昧(さんまい)とか定(じょう)に該当するものだと思われる、おおざっぱに言うと真我に入る状態を言う。ちなみに真我とはヒンドゥ語でプルシャ(光)と言い、彼らのつけていた例のバッジである。(同書p192)

 私たちが生きている時空は多様である。この仮想空間を介し他者の文字や映像とも行き交う。氏はそれを時に憂い抗言する。それはアカショウビンの現在とも交錯するのが面白いのだ。それは幻覚や妄想、妄言の如きものだとしても。新たな年が如何なるものに成るかは神や神々の知るところでしかない。しかしその時空をアカショウビンも共時的に現存する。それは新たな経験・体験として出会い遭遇し抵抗し乗り越えなければならぬものである。その辛苦と快楽と脅威と驚異を多少の心構えをして臨みたいと想う。

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コメント

あけましておめでとうございます。

今回の正月休みは、例年より1日長い5日までです。
田舎には帰りません。

今年もよろしくお願いします。

投稿: たじまる | 2010年1月 2日 (土) 午前 03時12分

 たじまる君
 新年おめでとう。正月休みが一日長くてよかったね。田舎に帰ってご両親や妹さんの家族とも楽しんでくればよいのに。田舎のお雑煮も食べられるだろう。もったいないことだよ。まぁ、正月明けにでも行くといいね。テレビを観ていると新潟や山形、秋田から北海道は大雪らしいね。大阪の雪のない景色はつまらないよ。仕事で訪れた雪国の異世界は小生にはとても楽しいものだったからね。
 それはともかく、今年が君や会社にとって幸い多い年になることを遠くから祈っているよ。

投稿: アカショウビン | 2010年1月 2日 (土) 午前 04時33分

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