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2010年1月20日 (水)

或る時代

 先日から、友人が送ってくれたDVDで昔懐かしい映像や音楽を聴いて楽しむというより懐旧に浸っている。今朝はネットで先日亡くなった浅川マキの歌を聴いた。かつてネットを遊弋していて若い頃に聴いて惹かれた森田童子という歌い手の作品を久しぶりに聴いて感想を書いたら全共闘世代の女性から自分(彼女)にとっては童子はさほど心に響くことはなく、むしろ浅川マキの存在が若き頃の痛烈な歌い手でした、というコメントを頂いた。アカショウビンも童子を初めて聴いた頃に名前だけは覚えていた浅川マキという存在は伝説の歌姫のように伝えられていたように思い出した。早速都内のCDショップを探し中古レコードやCDは確認したが少し高価で購入をためらってしまった。

 ところが先日死去されてネット上の紹介で彼女の歌を聴くことができた。なるほど。ネットで聴けたのか。もっぱら好きな音楽家のCDは対価を払い所有し好きな時に繰り返し聴くというのがアカショウビンの習慣だったのを反省した。

 幾つかの曲を聴き、また他の或る縁で、その頃に起きた事件の書物を読んでいると、アカショウビンが経験した若い頃を少し上の世代で経験した別の視角から開かれる或る時代が浮かび上がってくるのだ。

 1970年3月31日の「よど号ハイジャック事件」、11月25日の三島由紀夫自衛隊市ヶ谷駐屯地突入割腹「事件」、1972年2月の連合赤軍による「あさま山荘事件」、1972年5月31日に岡本公三ら日本赤軍派のテルアビブ空港での乱射殺傷事件など世間を驚愕させた事件・現象が世界を震撼とさせた。このような一連の日本人の姿を通じて日本社会と一連の事件を分析した米国人パトリシア・スタインホフの「死へのイデオロギー 日本赤軍派」(2003年・岩波現代文庫)という著作には40年近く前の或る時代が現在の世相やアカショウビンの現在と交錯して回想されるのだ。それは時に萎え衰える自らの精神に張りを与えなければならないという衝動も誘発する。 

 あの時代1950年代後半から1960年の安保闘争を経て1970代は首都を中心に日本という国家が沸騰していたようにアカショウビンは自らの経験を介して振り返るのである。それは米ソ冷戦時代から朝鮮戦争、ベトナム戦争とアジアに介入していく米国を中心に世界も沸騰していた。その時に時代と歴史が回想され振り返られる。「その時」、と言うのは、回想し振り返るアカショウビンや他者の現在を通じて介して、である事に留意しよう。それはノスタルジー(懐旧)でもあるが、回想し振り返る側の現在が問われることでもあるからだ。

 浅川マキを聴きながら、同時代の幾つかの震撼する事件の詳細を辿りながら、或る時代を回想すると云う行為は、そういうことでもある。

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コメント

あの時は

あらゆることが同じ位相でわたくしの存在に重くのしかかっていました。

愛することも

分かれることも

絵を描くことも

写真を撮ることも

デモをすることも

機動隊にさんざん殴られ蹴られすることも

放水車からの冷たい水で身にも心の中にも雫が滴ることも

催涙ガスに一時たりとも目が開けられなくなることも

そして、病床の母の下の世話をすることも

どれも避けられないコト

わたくしの総てがソコにありました

重い確かな時空の存在として

あの時は


今でも「あの時」は心の芯を大きく占めています

浅川マキさんは、ちょうどそのまったき時空の中で交差しました。
「淋しさには名前がない」
「ふしあわせという名の猫」
「赤い橋」

ですから懐旧などとはとても言えず、今でも心の奥で
何かの滴る響きが耳にします。

それは

血でも

汗でも

水でも

ありません

「あさま山荘事件」は、的確に言うことが出来ませんが、今まで書かれていることとは違う「コト」と思っています。わたくしにとって一番大きな出来事です。あれ以降心が空に舞ってしまいました。

投稿: ワコウ | 2010年1月22日 (金) 午後 02時47分

 ワコウさん

 >ですから懐旧などとはとても言えず、今でも心の奥で何かの滴る響きが耳にします。

 ★その響きの深淵と高みは思索・考察・熟考するに足る奥行きを含んでいると推察いたします。
 若松監督の「実録 連合赤軍あさま山荘への道程(みち)」には1970年前後のドキュメンタリー映像がフラッシュバックされて物語が進行していきます。そこには若き若生さんの御友人たちの姿も、もしかしたら若生さんの姿も写されているかもしれません。若松監督の執念が映像の幾つかのカットの間に読み取れる作品です。小生もパトリシア・スタインホフの著作での分析と照応して興味深く観ました。お奨めしたい映画と著作です。

投稿: アカショウビン | 2010年1月22日 (金) 午後 10時57分

アカショウビンさん

<お奨めしたい映画と著作です。>

有り難うございます。
若松孝二監督は我々世代のあの時のある表現者のお一人でしたので、上映当時心が少し動きましたが、結局観ませんでした。氏といえども、失望させられるかもしれないと思ったからです。
どういう人物か全く知りませんがパトリシア・スタインホフは少々興味があります。
日本人以外の人が書いたという意味で。(あのジョン・ダワーと同じ意味で)
早速手に入れます。

投稿: 若生のり子 | 2010年1月24日 (日) 午前 02時01分

 若生さん
 
 彼女のプロフィールは次の通りです。
 1941年生まれ。ミシガン州デトロイト出身。ミシガン大学日本語・日本文学部卒業後、ハーバード大学にて社会学博士号を取得。現在(2003年時)、ハワイ大学社会学部教授。戦前日本の転向問題をはじめ、新左翼運動の研究で著名。

投稿: アカショウビン | 2010年1月27日 (水) 午後 06時46分

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