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2009年12月13日 (日)

今年の第九

 毎年、新たな第九を聴くのが習慣となっている。しかし今年はかつて聴いた旧盤を聴いている。フルトヴェングラーが亡くなる1954年のルツェルン音楽祭のものである。ベートーヴェンという音楽家に終生こだわった指揮者の総括のような演奏である。何年か前は名演の誉れ高い1951年のバイロイト音楽祭のものを聴き直し改めて驚愕した。年の瀬に第九を聴き慣れる東洋の島国の慣習に彼の国の人々は不思議な現象として訝しむだろうが楽聖の作品に年に一度仮初にでも接することは悦ばしいことと思う。かくいうアカショウビンも全身で楽聖の音楽に浸ることは困窮の中でそうあることでもない。来年に向けて少しは希望を持たなければ、と思い謹聴するのである。

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コメント

アカショウビンさん、こんにちは。
第9は、余り聴かない方なので、どの演奏が良いのかもわからずですが、私はどちらかというと、合唱に入る前までの楽章が好きです。
日本では、年末の行事になってますが、どういうきっかけだったのか、不思議です。
何か理由があったのでしょうね。

話は違いますが、NHKテレビで、アカショウビン(鳥のことですよ)の映像を見ました。
真っ赤なくちばしで、美しい鳥なのですね。
思ったより体長は大きく、狩りの名手。
飛ぶ姿もきれいで、見とれてしまい、ふと、アカショウビンさんのことを思ってしまいました。

投稿: Clara | 2009年12月14日 (月) 午前 11時29分

 Claraさん

>第9は、余り聴かない方なので、どの演奏が良いのかもわからずですが、私はどちらかというと、合唱に入る前までの楽章が好きです。

 ★おっしゃるとおりですね。1楽章の混沌から音楽が湧き出る導入部は楽聖の晩年の苦闘と到達点を伝えていると思います。アダージョの崇高さは、それがあればこそです。

 >日本では、年末の行事になってますが、どういうきっかけだったのか、不思議です。

 ★私も同様です。

 >話は違いますが、NHKテレビで、アカショウビン(鳥のことですよ)の映像を見ました。
真っ赤なくちばしで、美しい鳥なのですね。
思ったより体長は大きく、狩りの名手。

 ★そうですね。私のハンドルネームは画家の田中一村の作品から借用しているのですが故郷の奄美では父の実家で子供のころ聞いたアカショウビンの鳴き声がとても記憶に残っています。


投稿: アカショウビン | 2009年12月15日 (火) 午前 06時15分

恥かしながら
ルツェルン盤は未聴なんです。
こんな事を書くと怒られそうですが
イギリスのオーケストラか?と
やっぱり
ベルリンやウィーンの方が などと
聴かず嫌いが(笑)

今度
買って聴いてみます!
しかし
色々な復刻盤が出て居ますねぇ?オタケンのCDが良く出来て居るらしいですが?

投稿: snokey.F.164 | 2009年12月20日 (日) 午後 07時00分

 snokey.F.164さん

 >イギリスのオーケストラか?と
やっぱり
 ★オーケストラは英国のフィルハーモニ管です。 

 >色々な復刻盤が出て居ますねぇ?オタケンのCDが良く出来て居るらしいですが?

 ★私が聴いているのはイタリア盤ですが、そのあとに1942年のベルリン・フィル盤を聴きますと、録音年代はともかくオーケストラの違いは、やはりあると思いました。

投稿: アカショウビン | 2009年12月20日 (日) 午後 07時50分

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