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2009年12月 6日 (日)

残す

 先日、画家の平山郁夫氏の訃報を新聞報道で知った。本日の深夜は偶々テレビの電源を入れたら2007年にNHKで放映した氏の特集を追悼放送していた。これはアカショウビンも観ている。数年前、一昨年辞職した会社の業界企業の研修旅行に同行し、初めて原爆ドームを訪れ江田島から瀬戸内海をフェリーで横断する途中、氏の出生地の島に降り立ったことが思い出される。記念館にも立ち寄った筈だが記憶は定かでない。それでもテレビや雑誌、新聞に登場する氏の姿やお話する様子を拝見すると温厚なお人柄と画業への執念を看取する。

 氏の作品は、日本美術史というものを考えるときに、どのように位置づけされるのだろうか?そのような問いは、何らかの意味を持ち得て展開される価値や可能性を持ちうるものなのだろうか?そのような自問も涌く。

 そこには氏が被爆体験を経て画業に赴かれたという数奇な画家の人生にも心惹かれるからである。氏が眼前にした死やご自身の死への覚悟も恐らく作品には込められている。それは残さなければ死にきれない、という意志でもあるように思う。

 原爆図は日本美術史に特筆される作品だろう。氏の原点に正面する気迫と情念を感得する。テレビ映像を通してであるが。この世に棲む日々の将来と未来の楽しみと希望は、このような作品の前に立つことである。

 仏教への氏の関心も東洋の芸術家として必然のものと思われる。一人の画家を介して日本という風土で制作され残された作品を観ていく楽しみがある私たちは幸いである。

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