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2009年10月17日 (土)

京の秋

 以下は先日、ミクシイに書いた日記を少し加筆、修整した。

 先日、仕事がない日に京都へでかけた。この日記にご懇切なコメントを戴いている美術家の若生さんご推薦の河井寛次郎記念館を訪れるため。まだ関東に棲んでいたころ、たまたまNHKのラジオ深夜便を聞いていたらご遺族の方が氏の逸話を語っておられた。実に気骨のある磊落な人柄の未知の陶工に興味が湧いた。埼玉から大阪に引っ越す前に、若生さんから京都には寛次郎の記念館があるので、あちらへ行かれたらぜひ訪れるとよい、とご推奨のコメントを戴いていたのである。文庫本で「火の誓い」(講談社文芸文庫 1996年)、「蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ」(同文庫)の二冊も買い求めた。

 その日は大型台風18号の台風一過。ぬけるような青空というわけでもなかったが、京のまったりと深まる秋を味わった。鴨川の河川敷では軒を連ねる料亭が夏の涼みの施設を解体していて季節の移り変わりも実感した。各駅停車の電車から途中で快速急行に乗り換え、阪急京都線の「河原町」で下車。歩いて幾らもない京阪電車の「祇園四条」に乗り継ぎ、一つ目の「清水五条」で降りる。ぶらぶら歩いて10分くらいで記念館に到着する。実は先日、近くの会社で面接があり、ついでに訪れたのである。ところが月曜で休館。その会社は結局不採用だった(笑)。担当者との面接では少し脈があるかな、と思ったのが甘かった。

 それはともかく、その日は無事に午後3時前に入館できた。受付の女性の京言葉が何とも雅で耳に心地よい。館内は2階建ての純和風の間取りで休憩所もあり寛げる。花瓶など調度品は厳選されている風情で来館者への心配りがありがたい。ドイツ人のご夫婦も訪れていたが来場者は少なく、ゆっくり見て回れた。寛次郎の多くの作品を生み出した「登り窯」も拝見できた。季節によって入れ替えられているという展示品も思わず立ち止まされること暫し。1階の開け放たれた扉と大きな窓からは中庭が見渡せる。そこにさわやかな秋の風。何とも、まったりとした時間だ。実に貴重な時をすごせた。もっとゆっくりしたかったが近いうちに再訪する機会もあるだろう。帰りは鴨川の河川敷を阪急「河原町」駅まで鴨や白鷺の姿を眺めながらゆっくり歩いた。実に雅な古都の秋の午後だった。

 記念館は住宅街の一角にひっそりと残されている。「火の誓い」の巻末には寛次郎が自宅(記念館)に住まわせ共に作品を制作した英国人の陶芸家ドナルド・リーチや韓国人の孫 昌さんらの逸話を愛嬢の河井須也子さんが「人と作品 点描記」という題で紹介している。実に心温まる文章である。

 河井寛次郎は明治23年、島根県の安来町(現・安来市)生まれ。東京高等工業学校(現・東京工大)で学び、京都市立陶磁器試験所に入所、研究制作に励んだ。
 31歳の時に東京高島屋で開かれた第1回創作陶磁展覧会に出品。「陶界の一角に突如慧星が出現した」と絶賛される。その後、柳 宗悦、浜田庄司らと民芸運動に参画。46歳の時には東京駒場に「日本民芸館」の開館にも尽力した。67歳でミラノ・トリエンナーレ展でグランプリを受賞。世界的な作家として名を轟かした。晩年は雑誌「民芸」に「六十年前の今」を59回に亘り連載執筆。昭和41年、76歳で没した。

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