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2009年10月 6日 (火)

或る生死観

  大型台風が近づき、本日の仕事は中止。大阪の地では未だ雨風が激しくなっているわけでもないが、台風の接近でこれからだろう。それでは屋外の仕事は仕方がないかと思うものの、一日の稼ぎがなくなるのは辛い。もう10月なのだ。古代・中世に十月は神無月と称され、神様たちが出雲にお出かけになり神様不在の月なのである。神様はともかく、母の死を自分の心のうちに納め了解するのには時間を必要とする。ネットを散見していると次のような論考に遭遇した。現在のアカショウビンの心境には実に刺激的なので無断で転載させて戴くことを赦されたい。

 >僕は、そのとき自分の関心から抜けられないから、あなたは死についてどう思うかって馬鹿な質問をしたわけです。彼はパレスチナ人だから、何かあるのではないか、と思って。しかし、彼は、自分は宗教、一切の神秘主義を否定する、自分にとって死というのは、残った家族をどうするかという問題である、と言った。なぜならば、自分はイスラエル左翼のヒットリストに載っているからだ、と。そのとき、僕は目が覚めたような気がしましたね。ああ、そうだった、と。僕の妄想は単なるナルシシズムにすぎない、と思った。

 >浄土真宗では、「死ぬ」と言わず、「浄土に生まれる」と表現しています。それが「生まれ変わり」と違うのは、わたしたちが死後に、よい世界もしくは悪い世界、いずれにしてもわたしたちが考えているような世界に行くという考え方の否定の上に成立しているからです。ということは、たとえば、死後よい所に生まれるために、この世でよい行いをしておこうというふうに、死後に向かって、この世の生活を律していくような生き方をやめようということでもあります。

 しかし、そもそも死というものは、存在するのでしょうか。

 哲学者のウィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』の中で、「死は人生の出来事ではない。人は死を体験しない/永遠が時間の連続のことではなく、無時間性のことと解されるなら、現在のうちに生きる者は、永遠に生きる/われわれの生には終わりがない。われわれの視野に限りがないように」と言っています。

 死が人生の中でのできごとではないことは、お分かりいただけると思います。時間の持続という観点を排するなら、現在生きていることは、永遠の事柄です。さらに、わたしたちの視界には文字通りすべてのものが映っている、逆にいうと、映らないものがないのと同じように、わたしたちの生には欠けたものも、どこへ向かっているということもなく、それですべてです。この考えかたはすくなくともわたしにはぴったりきます。実際のところ「生」しか存在しないのではないでしょうか。 

 ★最初の節は現在もご活躍中の或る文芸批評家のもの。後は浄土真宗の僧侶が信者の質問に回答したものである。ここでは誰が書いたものかというより、こういう問いと回答を更に追求し考察する欲求に駆られる。前者のナルシシズムの内容を話者が明かしているのかどうか不詳であるけれども、それは直感とも啓示とも見做せる体験であるように思われる。しかし、死に対する考察と思索がナルシシズムとして了解されるものとも思えない。

 また僧侶が引くウィトゲンシュタインの「死は人生の出来事ではない」という断定も鵜呑みにはできないところだ。出来事とは存在論の用語でもあり、それを意識した思考だと思えるからだ。同様に「現在生きていることは、永遠の事柄」という「事柄」の定義する内容も明らかにしなければならないだろう。

 >さらに、わたしたちの視界には文字通りすべてのものが映っている

 ★それは果たしてそうなのだろうか?という疑問も湧く。「すべて」のものは視覚だけで網羅できるのであろうか?

 >逆にいうと、映らないものがないのと同じように、わたしたちの生には欠けたものも、どこへ向かっているということもなく、それですべてです。

 ★上の考えはドイツ・フランスを中心に展開された現象学的理解というものであろうが、それで、私たちの「生」や「存在」が解き明かされているとも思われない。

 >この考えはすくなくもとわたしにはぴったりきます。実際のところ「生」しか存在しないのではないでしょうか。

 ★僧侶の理解はともかく、「生」しか存在しないのではないか?という解釈は、一つの考えとして理解できても、それを全面的に承服するわけにはいかない。そこには、死は存在するのではないか、という逆の問いかけが根強く反照するように思われるからだ。 

 

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