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2009年10月11日 (日)

追悼

 ナチスのユダヤ人絶滅収容所アウシュビッツから奇跡的に生還した作者が収容所での生活を詳細に記述した「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著)の翻訳者である霜山徳爾さんが7日、亡くなられた。90歳というから大往生のことと思う。最初に読んだのはだいぶ前のことだ。ところが昨年から今年にかけてネットの或る読書会で読む機会があり再読した。それほど内容が熱く議論されたわけでもないが、そういうことでもなければ読み直すことは、これから先にあったかどうか。

 この著作に導いたのは「夜と霧」(1955年)というアラン・レネの映画だった。うぶな高校生に、この映像は強烈だった。渋谷の映画館を出たときの街の喧騒が不思議な光景に見えた。映像と現実の落差に愕然とした。原作を読んだのはそれからかなり時間が経っていた。アカショウビンは映画を観て原作を読むことをできる限りしない。映画は映画、原作の著作は著作、と割り切ることにしているからだ。その原則をこの作品に関しては破った。精神科医の冷静で抑制された文体で驚愕する歴史事実を文章から想像するのは限界がある。様々な文献や資料、映像も併せ読み見なければ、あの歴史事実を受容し理解し了解することはできないだろう。「ショアー」(1985年 クロード・ランズマン監督)という作品はレネとは異なる手法であの歴史事実に迫っている。それはまた論じる機会があるだろう。

 映画のほうはDVDにもなっているけれども観直していない。あの驚愕は強烈で痛烈で、それはアカショウビンの記憶のなかで、数奇で稀少な体験として心と脳裏の奥に秘めておき、それが時に現在の自分を挑発、触発させるようにしようと考えているからだ。自らが経験していない歴史事実を受容するのは人それぞれだろうが、そこには応分の配慮が必要と思われる。

 ドイツの近代史は「ソフィーの選択」(1979年 ウィリアム・スタイロン著)という原作を映画化した映画作品「ソフィーの選択」(1982年 アラン・J・パクラ監督)にも痛烈に視覚化されている。原作は未読だが映画はDVDで何度か観ている。

 メリル・ストリープ演ずるソフィーはアメリカへ移民として渡ってきたアウシュビッツで生き残ったポーランド人女性。ところが彼女の父親が反ユダヤ主義者の大学教授のポーランド人という設定だ。その秘密をソフィーは恋人のケヴィン・クライン演ずる、ナチスへの憎しみに時に常軌を逸するユダヤ人のネイサンに隠し続けた。ソフィーの父親はナチスの知識人狩りに巻き込まれて反ユダヤ主義者でありながら逮捕され銃殺されたという事実も明かされる。その後ソフィーはアメリカに渡り恋人のネイサンやこの作品の原作者と出会い、父親はユダヤ人を擁護した大学教授だったためにナチスに殺されたと嘘をつき続けたのだった。

 映画ではソフィーが、絶滅収容所から、どのように生き延びてきたのかが、彼女が告白するように語りかけるなかで回想される。物語の進展のなかでネイサンが実は麻薬患者で、しかも精神分裂症を病んでいることも明らかにされる。そして二人の死で悲恋は終わる。そこには映画の前半で恋人達の出会いに重要な道具立てとなったエミリー・ディキンスンの詩が添えられる。

 ナチスによる、それは狂気としか見えない驚愕する歴史事実を前にして私達日本人は何が言えるのか、という一つの痛烈な問いをアカショウビンは、この作品や「ジュリア」(フレッド・ジンネマン監督)からも突きつけられた。その最初の映像がアラン・レネ監督の「夜と霧」だったのである。

 ドイツの近代史を、映像を通じ、さらに書物や人々の語りで受け取る歴史事実は、単なる人間の狂気として片付けられるものなのか、というのが、それ以降アカショウビンの中に間欠泉のように吹き上がる問いである。それは、私自身とは関係のない、歴史の或る時期に起こった例外的な事実だったとすることはできないのではないか?ある状況と条件が揃えば、我々もまた、その陥穽に知らず落ち込むのではないか?、それは人間という生き物の中に組み込まれている性(さが)なのではないか?それは、いつの世にも人間という生き物の歴史に生じ得る可能性を持つ、たとえば仏教で説かれる業のようなものではないのか?これがアカショウビンが、「夜と霧」という著作と映画を通じて継続して抱き続ける問いだ。

 霜山氏の翻訳には2段組でp7からp73まで氏による詳細な解説が付いている。これが、あの歴史を理解するうえで貴重である。原著はドイツでは歴史資料として残るだろうが、異国でその事実を知るうえで氏の翻訳がなければ戦争を知らない戦後生まれの日本人に驚愕する歴史事実は伝わらなかった筈だ。その翻訳の労と氏の解説をアカショウビンは心から言祝ぎ追悼するのである。

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コメント

霜山徳爾氏の死、知らずにおりました。
「夜と霧」、ずいぶん昔に読んだとき、あまりに衝撃が大きかったので、再読しないままです。
「アンネの日記」で知ったナチスの残虐行為とは、こういう事だったかと、初めて知りました。
霜山氏には、もう四半世紀前になりますが、講演を聴いたことがあります。
穏やかな話の仕方で、本の印象よりも、身近に感じました。
「最も良き人々は帰ってこなかった」という、「夜と霧」の一節が、思い出されます。

投稿: Clara | 2009年10月18日 (日) 午後 09時45分

 >霜山氏には、もう四半世紀前になりますが、講演を聴いたことがあります。
穏やかな話の仕方で、本の印象よりも、身近に感じました。

 ★そうでしたか。私も機会があれば氏の肉声を聴きたかったですね。既に発刊されている新訳は未読ですが、そちらも近いうちに読んでみたいと思います。

投稿: アカショウビン | 2009年10月20日 (火) 午後 08時30分

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