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2009年9月26日 (土)

残暑の或る日

 真昼を過ぎた空に上弦の薄明るい月が浮かんでいた。遠くを派手な色彩のモノレールが通過する。電信柱の天辺ではカラスが鋭く鳴き交わす。私は辻に立ち、行き交う人々や空を眺めて時を過ごした。9月も終わろうとする頃の朝夕は肌寒くもあるが昼は残暑で汗ばむほどだ。土曜の住宅地の小さな交差点は穏やかで静かだ。アゲハ蝶が忙しなくひらひらと飛び来たり、飛び去る。9月の初め頃に川の土手にはジャコウアゲハも見かけたが今は見えなくなった。

 真昼の太陽は天空に輝き夏の名残りを地上に照らす。私は地上で悄然と佇み空想と妄想に耽っている。嗚呼、人々は現世の現在を様々な喜怒哀楽で過ごす。或る家庭ではテレビを観ながら穏やかな日常が過ぎていることだろう。病院の中では生死の悲哀に立ち会う人たちもいるだろう。将棋指しや碁打ちたちは盤を挟み勝負の行方を読み耽っているだろう。

 遠くで風鈴とピアノの微かな音がする。「船を出すのなら九月」という歌の歌詞が脳裏を掠める。薄い青空の彼方をジェット旅客機が飛び来たり、飛び去る。いと高き空で旅の楽しみに浮き立つ人々もいる。私は昼日中の辻で時が過ぎるのを漫然と眺めている。孫を乳母車に載せた老婆が目の前を往き過ぎる。赤子を抱いた若い夫婦も。野球のグローブを小脇に抱えた小学生が泣き顔で何やらブツブツ呟きながら。盲目の男がヨロヨロと。

 人がこの世を去っても世界は退屈そうに継続している。喪服を着た女が駐車場へ急ぐ。陽は西へ傾き、上弦の月が東南の空から天空高くへ移っていく。ヘルメットを被りバイクに乗った男たちが夕刊を配る。しばらく他へ飛んでいったカラスが二羽になり舞い戻り電信柱で「アオ、アオ」と鋭く鳴き交わす。獲物を見つけたのか、さぁーっと地上に舞い降りる。

 近くを汚い下水道が流れる辻で私は胡乱に無聊に周囲を眺めて過ごした。

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