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2009年9月12日 (土)

死に向かう姿

現在の困窮の根本的な原因とは何か?それは死ぬまでの時間を甘くみたことにある。そして死とは何か?と口では関心があるように自分でも思い、人にも広言しながら心底から糾問してこなかったことに尽きる。これは決して観念的な理由ではない。生き方と思想の問題だ。毎日の食事にも死を想え。皿に載る一羽の鶏肉も人間という生き物が生きるための犠牲である。その殺しから食卓に載るまでの過程に思いを致すことが、この世で生きるとは、どういうことなのか?という問いに戻る。病床の母に、このような食べる楽しみと、幸いにも残酷を為すことはできないのだ。

 担当の女性の看護師に、ここ2~3日の母の様子を聞く。もう三度の食事は取ることができないと言う。点滴で処置しているが手首に浮腫みが出て血圧も少しずつ下がっている。オムツが切れたので買ってきてほしいというので1階の売店で買って来る。

 病院のロビーで周囲を見渡せば姿は異なれども、誰もが家族の同じような経験をしていると思われる。しかしアカショウビンに独自の経験という事が有り得るだろうか?様々な家族が家人の死と向き合うとき、それぞれの視界は異なるだろう。アカショウビンのように困窮のなかで溺れそうになる者もいれば経済的には何の心配もない家庭もある。ここで死に向き合うことの本質とは何だろうか?

 外は雨が強くなってきた。この自然界のなかでのひとつの死であることは何か意味を持つのか?

 母の病床の隣りの患者に見舞い客が訪れ傍若無人に話している。この無神経さは何だ?ホスピス病棟という場で一喝すれば済むものでもないだろう。しかし、この怒りはどこでおさめられるのか?堪らず病床を離れロビーに避難した。

 ロビーでの光景を記しておこう。私の前の席の品のよい老翁は聖書の文言を引用し年下の男と話している。ここで宗教が強い力で死に関与している現実がある。それでは仏教徒である母や私は仏教を介してどのように関与するか?また窮乏の底で喘いでいる我が家族の場合と経済的には何の憂いもなさそうな老翁の知人の若い息子の父親の臨終に向けた話を聞くともなく聞いていると、その違いには暗澹たる思いに落ち込む。地位も名誉もあるようなその患者と比べれば母の場合は仕事先の葬儀の来客への心配りとかに腐心することはない。しかし我が母の死を他の患者の死と同等に正面する次元があるのではないか?と言うより地位とか経済的理由とか諸々の付属的でしかないものとは隔絶してアカショウビンが引き受けなければならない死の本質がある筈だ。その点で母の死は報われたものとなる。ひねくれた言い方をすれば、我が母の死は屹立した死でなければならない。金がないとか人様に顔向けできないとか、そのような瑣末と言ってもかまわないことで母の死の本質を理解するのを妨げないようにしよう。

 目の前の紳士たちと私の立場は情けなくなるほど異なる。聞けば若い方は主任牧師という。あとで来た若い男は患者の息子さんなのだ。老翁の紳士は「立派なお父さんですね」と話す。しかし、この聖書の文言を引いて話す老翁の話振りや表情にはウソ臭いものを感じる。ここで突き詰めなければならないのは宗教と一個の人間の死という対立的関係なのであろうか?「聖書」とか「教会」とか、そういう問題でないのは確かだ。老翁と牧師は「聖書」の教えを信奉しているのだろう。それは仏教徒である母の信仰心の強さと同様の信仰の問題だ。そこで母の死を一過性のものとしてはならない。それは遅かれ早かれ私の死と関わってくるからだ。 

 このホスピス病棟に流れる音楽は、あたり障りのない西洋古典音楽の名曲だ。小編成のオーケストラが奏でる名曲も現在のアカショウビンの心境からすればウソ臭い。母の病床に戻ると、眠ったまま隣りの部屋の話し声が大きいのに腹を立てているのでもあるまいに欠伸もするのだ。生は母の中で律動している。意識はこれまでの人生とそれ以前の記憶までも辿りだしているのかもしれない。そういうことは医学的に、生物学的にありえるのだろうか?脳細胞に記憶されている先祖の記憶は残っているのか?たとえば無意識として。

 それはさておき、別の病室から聞こえて来る話し声や笑い声を聞けば、病院で死は時として深刻さから逃れようと暗黙の了解でもあるように笑いとなって、何やらそれが良識ある大人の態度ででもあるかのように遇されている。それは葬儀を涙とは裏腹に笑いで過ごす、この国の或る慣わしとも反照する。

 看護師の仕事を垣間見ていると大変な仕事であることを諒解する。しかし若い女性たちの天真爛漫も逆の様相を帯びて患者の家族たちには見えるのである。その事に彼女達の多くはマニュアル的にしか思い及ばない。もちろんそれを責めることは出来ないが。母の担当の若い看護師の女性はよくしてくれる。しかし少し疲れ気味だ。給料は高くても仕事内容と見合っているかは個々人で違うのだろう。それとは異なる次元で彼女たちは多くの様々な死と対面している。そこで醸成される人格がある筈だ。私は、それをこの病棟で了解する衝動にかられる。それを知ることは私の一方的な思い込みではない日常の死という視角が開かれているだろうからである。

 もう自ら話す元気もない母の姿を見ていると、いったい何を学べるのだろうか?恐らく有るということ、この世に棲んだことの意味の「あらゆる」ことではあるまいか。母の死への道行きに、それを看取できるのではないか?それは単なる思いつきに過ぎないだろうか?繰り返し心底に留め置かなければならないのは母の死を世間的な死とは異なる次元で、経済的な窮境の恥とかセンチメンタルなものと峻別して捉え受けいれなければならない、という事だ。そこでしか私たち親子の関係はひとつの区切りをつけ了解することはできない。孫たちの姿がないということも世間に対して私なりの説明と自分自身への納得がいる避けては通れない、もっとも他人様の関心のある非難だろう。

 あと数日なのだ。何と、ここにアカショウビンと弟の人生の試練が集約して襲来していることか。このホスピス病棟という特殊な病棟で看護師の女性たちに死はどのように理解されているのか?少なくとも責任者という男の医師からは皮相なものしか感じ取れない。それは彼女たちが説明する病状報告の外に有るものであろう。死は彼女たちも社会生活をしていて同世代の若者たちや違う世代の人々を介して社会的な出来事でもあるはずだ。

 とにかく現在の母に近くにいるようにしよう。ところが今度は隣の患者に別の見舞い客が来ている。またも退散する。人はこれほど無神経になれるということに呆れる。ロビーで家族や見舞い客たちの話を聞いていると病と死は表向きは社会的な出来事として経験されているように見える。しかし不可視の領域がある。それをどれだけ明るみに出せるか?それがアカショウビンの母の死でなければならない。

 夕闇が雨雲に覆われた空と共に辺りを領していく。ロビーの奥では若い看護師と患者の家族が話しこんでいる。母の担当の看護師は夕食の食事の準備でもしているのか何やら忙しそうに往来している。移動点滴を両手で支えながら老翁の患者がゆっくりと自分の部屋に戻り歩いている。

 父方の祖母の葬式のことだったと思う。母たち女たちは先祖の頭蓋骨など骨を洗っていた。今は殆どが火葬だが、かつて奄美や琉球、島尾敏雄の言うヤポネシアには「洗骨」という風習があった。島尾の葬儀のあと家族は父と夫の骨をガリガリ食べたという。そこで死者とは家族にまた社会にどのように関わっているのだろうか?この状況で母の死を迎えるということは経済的にも家族的にも恵まれた人達よりも隔絶して緊迫した状況で急場に臨むということだ。それは何度繰り返しても足らない特殊事情である。

 病院近くの蕎麦屋でカツ丼を食べ病院に戻ると幸いに隣りは静かになっていた。他の患者も静かだ。母は口を半開きにし眠っている。右の手首には新しい包帯が巻かれている。看護師に水分をとりすぎると痰が喉に詰まることがあるとも言われた。父の時がそうだった。母は半開きの口を時に閉める。しかしすぐ空く。別な患者がウガイをするというので母のベッドの近くの洗面所を使う音が煩い。眠ってはいても意識の奥で母は感知しているのかもしれない。今、顔をしかめて欠伸をした。そしてまた。

 従兄と従姉から携帯に電話がかかってきた。エレベーターで一階まで降り状況を縷々話す。母の病床に戻ると向かいの老婆の患者が苦しそうに咳き込む。他の患者は静かだ。またも苦しそうに咳き込んだ。看護師が来て問いかける。7階の病棟のロビーから見渡せる大阪の街の灯りの、それぞれの家庭の団欒では病院の現実とは異なる、それなりに穏やかな日常があるのだ。

 

 

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