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2009年9月19日 (土)

82年の女の生涯

 昨日、朝の9時に母は逝った。最期の顔は苦しみもなく穏やかな死顔だった。月曜の夜に臨終が近いと告げられ、大部屋から個室に移された。それからは弟と二人で病室に詰め最期の時を待った。しかし、それから4晩も母は生きぬいた。しぶとい女である。父の死から17年間、孤独の時を友人たちとの交流で紛らせながら良く生きた。甲斐性のない倅たちの世話にならず経済苦を凌ぎ82歳の生涯を全うした。天寿と言える人生だったと思う。

 昨夜の通夜、本日の告別式の席で従姉兄たちとも懐かしく語らい、笑い、泣き、故人のエピソードを肴に時を過ごした。

 最期に至る母の死への苦闘は傍で看取った。子として共苦したつもりで心残りはない。祖父母や父、叔父、若くして亡くなったお兄さん、妹と再会し現世での四方山話を楽しんでいることだろう。黄泉の国で迷う事はあるまい。

 母の死に方は思索家の言う「能く死ぬ死」だったと思う。思索家は、この世で死を迎えるとき「能く死ぬ死に方をすることの出来る人は稀だ」と言う。事故や自殺、殺人、戦争で思いがけない唐突な死にかたもある。中東、アフリカで戦火の火種は未だに絶えない。北東アジアも、きな臭さが払拭できない。そのなかで手厚い看護を受けながら安らかで穏やかな死を迎える事が出来た母は「能く死ぬ」ことが出来た死と言える。次は、こちらの番である。母のように長寿は覚束ないが、心置きなく恙無く死を迎えたいものである。しかし、こればかりは思うようにならないだろう。

 これから不在の母の喪失感が時と共にいや増すと思う。長年、母と暮してきた弟に不在の母の思い出は私より多く、哀しみは深いかもしれない。しかし、その家族の記憶も時の彼方に薄れていく。いずれアカショウビンも弟も死に至る。それまでの時間を抜かりなく行きたいとは思う。けれども歳と共に物忘れは嵩じていく。加齢と共に加速化する記録力の減退は防げない。凡夫の哀しさである。

 母の晩年は痴呆化することもなく明晰な意識で晩節を過ごせたことは幸いだった。一月前の再入院以来、アカショウビンの従姉、従兄、友人たちと心置きなく別れを告げて逝ったこともありがたい事だった。母の女の一生は、娘時代の戦争での苦労を越え、結婚、出産、子育ての苦労はあれども経済的には恵まれていた。まぁ、父の浮気癖には悩まされたようだが。それでも破局には至らず父と添い遂げた。父の事業の失敗で後半生は金銭的な苦労の毎日だった。しかし父の死後の17年間を悠々と楽しんだ、と思いたい。晩年の病との闘病は辛く苦しかっただろうが、それを見せずに強情に晩年を生きた。その姿を子らは然と受け止め、親戚、友人たちも母の生涯を驚きと感嘆で讃してくれた。82年間、本当にお疲れさま、と慰労したい。

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コメント

先ずは
御母堂様の御冥福を祈り至します。

82歳では平均年齢には少し足ら無いが至し方ない所でしょうか。
う~ん
親の死とは微妙な感じで悲しい事には違いないが
あぁ親よりも先にならなくて良かった。とも思いましたね。

また
こんな事を言うと失礼ですが
少し肩の荷が降りた感じでしょうか?

暫くは色々忙しい事と思いますが…。

駄文にて失礼至します。

投稿: snokey.F.164 | 2009年9月19日 (土) 午後 11時34分

 snokey.F.164さん

 >親の死とは微妙な感じで悲しい事には違いないが
あぁ親よりも先にならなくて良かった。とも思いましたね。

 ★同感ですね。

投稿: アカショウビン | 2009年9月19日 (土) 午後 11時44分

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