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2009年8月 8日 (土)

「忘れる」から「忘れない」への可能性

 8月6日も8月9日も8月15日も早ければ数十年後に遅くとも数百年後には忘れ去られるだろう。日本国家が存続していれば日本史に、そして人類が存続していれば世界史に、それは記録されるだろうが「記録」としてである。あの歴史事実の衝撃は後の世代ほど薄れていく。それは確かに、伝承される。口述の録音や文字や映像で。先日からテレビやラジオで報道される録音のナマの声やドキュメンタリー映像は人々の「真実」を伝える可能性はある。しかし遠い未来に私たちがテレビで楽しむ「時代劇」のような昔のものとしてしか機能しない可能性もまたある。

 あの破壊力の隔絶さは人間が獲得した「技術」の或る到達点を示している。それを果たして人間たちはどのように操作できるのだろうか?それを操作するのは科学者であり政治家である。しかし、この「民主主義」の時代に科学者達や政治家達のの「暴走」に歯止めをかけるのは有権者としての「選挙民あるいは国民」であり「市民」である。国民や市民は様々な人々から構成されている。そこにはかつて「民度」と称された文化程度が存する。それは世界各国で千差万別である。これを上げるとは「進歩する」と言う事柄だろうか?産業革命で格段に発達・発展した「技術社会」は人々の日々の糧を得るための労働に便利をもたらした。それは歴史的に「近代」とも称される。

 ところで私たちが生きるということは「生存競争」とも称されたが「共生・共棲」とも見做される。果たして現在の日本人は生きる、生活するということをアフリカや中米・南米、アジアの貧しい国々で生活している人々と同様に生活をしていると言えるだろうか。

 生活が便利になり金銭的な貯えが多くなることで人間は自分の人生を生き生きと生きられるようになったのだろうか。そうかもしれない。しかし、この世界で最も「豊か」な国家に変貌した我が国で自殺者3万人超という現実は如何なる「意味」を発しているのか?

 近代に形成された「国民国家」は「国史」を作る。それは国民を構成する多民族の個々人の生き方の規範あるいは様相を示すものとなる。内外の「憲法」は対外的に国家の基本構造を示すものである。それを堅持するのか改悪するのか改善するのかは選挙民によって「国民」が選択する階梯を踏む。ここでアカショウビンは差し迫る国政選挙のことを論じようというのではない。国民国家として豊かになった我が国で「異変」が生じていることの内実を血肉化して自らの知と精神に転移させねばならない、と焦慮するのである。

 それは人間という生き物に「忘れる」ということが生物学的に組み込まれているということにも立ち入らねばならない。人間は自分が生き残るためには都合の悪い事柄は忘れる生き物なのだ。それは同様に「国家」にも波及して言えることである。その径庭は国民各自と国家の運営者たちで埋める作業が必要である事は忘れるべきではない。更に踏み込んで言えばギリシア以来の西洋で進展してきた「技術」の植物的な繁茂の如き繁殖が、どのような到達点に来ているのかということも。現在に生きる我々は言ってみれば「忘れる存在」が「忘れない存在」へと、逆にどのように変貌していけるか?という可能性を問われている地点に立っているのではないか?

 かつて日本という国の二つの都市を「非人道的」に殲滅した兵器の本質を探究しなければならないだろう。一瞬にして広島市民と長崎市民は消滅した、という事実に何度でも立ち返り考えなければならない。それは古典的な「戦争」概念を覆す衝撃を有する歴史事実であるのだから。

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