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2009年8月26日 (水)

陽水とは何者か?

 NHKが夜中に井上陽水(以下、敬称は略させて頂く)を特集している。本日は第三夜。アカショウビンは若い頃に陽水の作品と出会った時の衝撃を未だに忘れられない。下世話な話で恐縮だが学生時代か社会人になりたての頃かに場末のストリップ劇場で「人生が二度あれば」という曲が流れた。それは意表を突かれた気がしたが全く違和感がなかった。踊り子の姿と呼応して作品が響いているように思えたからだ。

 デビューした時の陽水の声と曲と歌詞は、世を風靡したヴェトナム戦争・反戦フォーク・ソングとは一線を画していた。アカショウビンは高校から浪人時代、大学、社会人になってからも関心を持ち続けたヴェトナム戦争にコミットした「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の小田 実、鶴見俊輔ら知識人たちの活動、論考を介して、当時広く耳にした「反戦」フォークと陽水の作品は明らかに異なっていることに興味を惹かれた。放送で陽水は反戦運動を「ムーヴメント」と話していた。3年浪人しても父親の仕事を継ぐための大学に入れなかった陽水は大学生たちを中心に盛り上がった「ムーヴメント」とは異なる場で生きるしかなかった。そういう場で生きていた陽水の世界が痛烈に残されているのが「もどり道」というアルバムである。それはレコードで購入し繰り返し聴いた。そこで陽水は自らの境地を真率に表現している。少し捻くれて言えば、心の姿を独自の裸形として表出し得ている。それは同時代を生きていたアカショウビンには本当に新鮮で痛烈な体験だった。

 デビューから40年。その間の陽水の変化は鮮やかで面白かった。あのセンチメンタルの塊みたいな歌い手が実に軽やかにシュールとも疑われる世界へ脱皮していく。それは驚きと感嘆で、さすがだね、という印象だった。

 北九州の炭鉱町・筑豊の全盛期から陰りが見えだした頃に少年期を過ごし、テレビに夢中になった少年は受験の挫折も経験する。しかし天性の声が独自の歌詞を通して新たな世界へ活路を開く。戦後日本は石炭から石油へ。高度成長で生活は向上していくが画一化も進む。テレビの普及は大量消費を促進し消費は美徳となる。敗戦時には予想もできなかった勢いで経済は復興した。しかし古き良き日本はサラリーマン社会のなかで欧米を模し奇妙な姿で画一化していく。

 井上家は父親が歯科医で生活は安定し恵まれていたほうだと思われる。親の仕事は継げなかったが歌の世界で生きる場所を得た。偶然と運も幸いしたのだろうが独特の世界は多くの若者の感性を挑発し共感させ次々とヒット曲を産み出していく。先に引いた「人生が二度あれば」という作品は親の姿を作品化したセンチメンタル・ソングだ。それがその後、鮮やかに変貌していく。そこに陽水という歌手のしたたかさを垣間見る。

 そこで問うてみよう。井上陽水とは何者か?

 放送で紹介された友人や知人の陽水評と、それに対する陽水の語りが面白かった。それらを綜合すると、井上陽水とは若き頃のセンチメンタルを後に換骨脱胎し鮮やかに変貌した歌い手である、と回答することもできるだろう。それは若き頃に手にした収益と、反語的には負債とも見做せる財産を、その後、消費しつつ返済し続けている歌い手とも言えるだろうか。還暦を迎えたといっても昭和の中頃にそこらで見かけた同年代の人々の姿ではない。若者たちからは「変だけど凄いオジサン」と不可思議と親しみを込めて評される存在は実に愛でたい、と言祝ぐしかない。

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