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2009年8月22日 (土)

あぁ、映画

 あれこれ詳細に書いてみたい気もするが、そうすると何やら感銘が薄れつまらないものになってしまいそうだ、という作品がある。この場合、映画というジャンルだが、「その木戸を通って」という市川 崑監督作品だ。16年前に制作され国内の劇場では上映されなかったらしい。昨年、監督が亡くなられたのを契機に追悼上映されたようだ。何の前情報もなく、たまたまレンタルDVDで観ただけだが、上記のような感想である。

 モノクロームがカラーになりクロサワもオズも苦心して新しい技術に対応していった。業界用語で“写真”と呼びならわされていたらしい映画という新たな「芸術」は日本では戦後しばらくまでモノクロームが当たり前だった。その後、巨匠と奉られた監督たちは先進国・米国のカラー作品を羨望しながら敗戦国の悲哀と負けん気で“写真”を撮り続けていたのだ。

 巨匠で、それに第一作で成功したのは恐らく小津で黒澤は失敗した、というのがアカショウビンの見立てである。最初に作品に仕上げたのは木下恵介監督の「カルメン故郷へ帰る」(1951年)。それは色を表現する喜びに満ち溢れている作品だ。「その木戸~」は映画がカラーになりつまらなくなったことを反省し陰翳の究極を改めて追求しようと企んだ秀作と思う。

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コメント

この題名いいですね。
今のアカショウビンさんのお気持ちが伝わってきます。

「カルメン故郷へ帰る」は物心付くか付かない内に母に連れられて観た記憶が鮮明にあります。
(母はデコちゃんのファンでした)
日本最初の総天然色映画だから、、、。
田舎の抜ける様な青い空、木々のグリーン、カルメンとその友人の顔の派手なメイク、赤や黄色や縞々の服、大きなつばの帽子、そのはっきり、くっきりした色、色、色、否が応でも目に焼きつきました。
仰るように
<それは色を表現する喜びに満ち溢れている作品だ。>
です。

過去のあの時代、私達はこの映画と一緒に喜怒哀楽を共にし、滑稽とも愚かしいとも思いながらもたくましく、温かく、哀しく、そしてそれぞれに存在感を持ちながら生き生きと日常を生きていました。
懐かしいです。
みんなキラキラです。

心の奥のカラフルな「花」のようにわたくしには感じられます。
母の思い出と共に、この時代を知っていてよかったと述懐します。

まさに、人情の機微を含んだ“アッケラカン”。

投稿: 若生のり子 | 2009年8月26日 (水) 午後 12時41分

 若生さん、コメントありがとうございます。

 >(母はデコちゃんのファンでした)
日本最初の総天然色映画だから、、、。

 ★私も高峰秀子は好きな女優の一人です。もうご高齢ですが美しく老いを過ごされておられることと拝察致します。当時のポスターを思い出しますと確かにカラーという表記でなく「総天然色」でしたね。

 >私達はこの映画と一緒に喜怒哀楽を共にし、滑稽とも愚かしいとも思いながらもたくましく、温かく、哀しく、そしてそれぞれに存在感を持ちながら生き生きと日常を生きていました。懐かしいです。みんなキラキラです。

 ★まったく同感です。

 >まさに、人情の機微を含んだ“アッケラカン”。

 ★木下恵介も市川 崑も見事な職人でかつ芸術家だったなと思います。その点でワコウさんの作品と生き方とも精妙な響き合いがあるのでしょう。

投稿: アカショウビン | 2009年8月27日 (木) 午前 06時42分

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