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2009年8月 4日 (火)

無職の不安

  アカショウビンは移民ではないが長らく棲んだ首都圏から大阪という異郷へ転居して3ヶ月以上過ぎた、まぁ、国内移民のようなものだ。ところが未だに職に就けない。企業の景況感は底を打ったという報道もあるが失業率は先日5%を越えたと報じられた。職安に行けば人が溢れている。もっと現実をちゃんと取材しろよ、と舌打ちしたくもなる。しかし言葉が通じない外国人に交じって苦闘された海外移民の皆さんの困窮からすれば、それは未だ甘いものだろう。ブラジル移民の困苦と苦闘は現在はまだしもこれから徐々に忘れ去られていくだろうけれども。 

 仕事にありつけない不安は心身を疲弊・消耗させ精神を萎えさせる。このような経験は20年ぶりだ。その頃はまだ若かったから心身共に耐力があった。ところが50を過ぎた身にはきつい。しかも病後の老母を抱える生活は経済的にも心身も磨り減らす。前々前職はマンネリと仕事の過剰負担、それによる体調不良、年収の大幅削減等の会社方針に堪えられず辞職を決意したのだが現在からすれば経済的にはまだマシだった。後悔先に立たず。しかし座して死を待つわけにもいかない。活路を開かねば。

 それにしても現在の我が国の政治の混迷と経済の低迷は一人の国民として他人事では済まない。毎年3万人以上の自殺者という異常は国家の根幹に異常をきたしているということだ。本来なら怒りが心身に満ちてくるべきだろうが求職に忙殺されてままならない。しかし世に苦しまれている人々は数知れない。仏教で説くように現世は苦に満ちているのだ。広島と長崎の日を前に、一瞬にして死に果てた人々の無念にも思いを新たにせねばならない。先日はエノラ・ゲイに搭乗した科学者の原爆投下が日本の降伏を早め、それ以上の惨禍を抑えたという、これまで米国で何度も繰り返された常套コメントも報道されていた。彼は科学者として新型爆弾が通常の爆弾とは違う性質のものであることを認識していて言う発言である。そこには確信犯的な国家への忠誠と科学者の技術信仰の妄信と一瞬にして亡くなられた無辜の民の死への想像力に欠ける恨みも感じた。

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