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2009年8月13日 (木)

アジアのナショナリズムとヒューマニズム

 永井荷風は日記に「現代日本のミリタニズムは秦の始皇坑儒焚書の政治に比すべし」(1944年1月25日)と記している。また竹内 好は1964年の「思想の科学」8月号で、「小林秀雄は、日本人の戦争体験は平家物語や方丈記を越えることはできない、と云う。小林に名をなさしめてはなるまい。季語化した戦争体験から抜けでるために国家批判の原点を発見することが、われらの任務だろう」と自らの意志を表明した。「季語化」した戦争体験は新聞報道やテレビ映像で年を経る毎に色濃くなってくる。

 竹内はその9年前、1955年8月25日の東京朝日新聞に次のように書いている。

 「毛沢東を経過することによってアジアのナショナリズムは、西欧への反抗と諦念の段階から、自由、平等など、西欧近代の生み出した価値遺産の継承発展の段階へと論理的に進む。それは一口にいって、ヒューマニズムを貫徹せしめるそれ自身新しいヒューマニズムであるという意味で今日の思想として重要なのである。しかし、そのような評価は、おそらく西欧側からは出まい。それはおそらく、一度は西欧に追従することによってアジアのナショナリズムを見失った日本が、再生の途上で発見すべき課題であろう」。

 竹内の言説の有効性は現在でどのような喫緊性を持ちえているのか?竹内の言うヒューマニズムとは戦後にサルトルらが用いた用語と同様の意味だろうが、これにはハイデガーが異議を提示している。日本は戦後の焼け跡から十分過ぎるくらいに再生した。しかし失ったものも多いのは現在の論説家が喋々している。「アジアのナショナリズム」を竹内の指適から54年後の日本は発見できたであろうか?

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