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2009年8月15日 (土)

64年前

 夜のテレビでは「硫黄島からの手紙」を放映していた。C・イーストウッド監督によって制作された二部構成の一作は公開された時にアカショウビンは2006年12月17日、期待して劇場に出向いた。感想は少し複雑で、それはブログに書いた。本日はCMでズタズタにされながらの鑑賞で感想を書くどころではない。しかし敗戦の日に米国人の手によって制作された作品をテレビで見る日本国民の感想はどんなだろうか?

 64年後の大阪で初めて迎えた本日、感慨は新たでもある。テレビの各局は追悼ばかりではなく、お笑い番組や何よりも料理番組、温泉番組の多さに唖然となる。戦後の復興から日本は見事に再生した。そして何かを失った。その失ったものとは何か?それを再考することでしか、見かけの繁栄と、自殺者3万人超という、国民の心に巣くう病巣の実態を理解することはできない。

 日本の敗北の盾となり、この世の地獄が現出した沖縄の地の声を別ブログから拾ってみた。先のブログでも引用させて頂いた『悲劇のサイパン』(三ヶ野大典)も併せて熟慮したい。

 >11日には環境アセスメント「準備書」の県審査会に参加し、今日14日には久辺三区の下水処理整備事業をキャンプ・シュワブと一体化して行うという名護市の方針に抗議して、市役所に申し入れを行った。17日にはこの件をめぐって名護市臨時議会の傍聴が午前10時からある。

 >沖縄戦を体験した70代、80代のお年寄りたちが、子や孫のために戦争と軍事基地に反対すると、連日のように行動している。このことを多くの人に知ってほしい。

 >北西部の水際陣地にいた歩兵第五十連隊第三中隊と海軍陸戦隊は上陸前のすさまじい砲爆撃でほとんど全滅し、米軍は午前8時すぎには早くも一部が第一、第二飛行場まで進撃して来た(『悲劇のサイパン』p190)と記している。

 >トーチカの中にいた兵士たちは、どのような最期を迎えたのだろうか。テニアン守備隊の緒方守備隊長は、その日の夜に夜襲を行うが、サイパン戦で日本軍の夜襲の性格と方法を把握していた米軍は、迎撃体制を整えていた。日本軍は25日午前1時を期して三方面から突撃した。日本軍の夜襲のやり方を熟知している米軍の備えは固かった。橋頭堡前面に鉄条網を張りめぐらし、集音器を設置し、真昼のように照明弾を打ち上げていた。前面には戦車を並べ、突撃する日本軍に銃砲火を集中した。

 >日本軍は4時間にわたって突撃を繰り返したが、最前線を突破できず、夜明けとともに2500人の戦死体を残して後退せざるを得なかった(同書p192)。

 >日本がポツダム宣言を受諾して降伏して以降も、多くの人が戦争の犠牲になっている。渡嘉敷島の赤松隊による住民虐殺や久米島の鹿山隊による住民虐殺は、8月15日以降にも行われている。米軍の記録では、沖縄島の北部を中心に、9月以降も山中でゲリラ戦を行ったり、逃亡する日本兵を殺害したという記述がつづく。 

 >各地の捕虜収容所や焼け跡のバラックで、怪我や病気、衰弱で亡くなった人々。戦争が終わったことを知らず、あるいは敗戦を認めずに戦って死んだ人々。日本やアジア、シベリア、太平洋などの各地で、8月15日以降も多くの人々が死んでいったことを忘れてはならない。そして、戦争の恐怖によって精神を病み、そのあと正気に返ることなく亡くなった人たちのことも忘れないでいたい。

 ブログ氏は石川逸子詩集『千鳥ヶ淵へ行きましたか』(影書房)の一節を引用する。

  2 名のない人たち
 
 愚かな私は思っていました
 「墓苑というからには一人一人の墓があって
 ずらあっと並んでいるのだろう」
 フランスの無名戦士の墓
 写真で見たのだったか
 見渡すかぎり累々と十字架が立ち 一つ一つに花が供えられ

 千鳥ヶ淵は小ぢんまりとしたものです
 死者の占める場所は僅か
 三十二万一千六百三十二体の かつて人間だった骨は
 地下室の壺の中に押しこめられています
 六室に分けられた壺のなかに
 「大君のために」強盗の戦争に出かけ
 撃たれ 千切れ 飢え 病み
 一片の骨となった あなた方がいます

 「軍人軍属のみならず戦闘に参加した一般人のものも含まれており
 いずれも氏名の判明しないものであります」
 名がなければ
 一枚の赤紙で狩られることもなかったろう
 名があったから
 父を失い弟妹を養う長男でも
 田の草を取りかけていても フランス語を学びはじめていても 
 容赦なく 兵にされたのだ

 大君にとって 国にとって
 生きている間はなにがなんでも必要で
 骨になったら 名も求められない
 かなしい あなたたちよ

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