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2009年7月20日 (月)

小林秀雄の講演をCDで聴く

  先のブログでも引用したが、ここのところ図書館から借りてきたCDで小林秀雄の講演記録を繰り返し聴いて飽きない。第4巻は「現代思想について」と題された1961年8月15日に長崎県の雲仙で学生たちに講演した小林59歳のもの。第5巻は1972年10月25日、名古屋中日ホールと1977年11月14日大阪毎日ホールで行われた二つの講演を収めている。テーマは「本居宣長をめぐって」。最初の講演のとき小林は70歳。『本居宣長』を書き継いでいた頃だ。後のものは同書を書き上げ、新潮社が著書の広告を兼ねて依頼した75歳のもの。小林の最後の著作『本居宣長』については多くの賛辞のなかで寺田 透や桶谷秀明氏の批判もある。保田與重郎の殆どオマージュと読める賛辞に逆に小林批判を読み取る寺田の批評は寺田らしくて面白かった。

 小林は寺田の批判を読んでいたのか不明だが「ドストエフスキーを讀む」(1978年・筑摩書房)で当時のソ連でドストエフスキー論を著したバフチン(寺田はバクッチンと表記しているが)のドストエフスキー論を介して新たにドストエフスキーを読み込んだ寺田の小林に対するライバル意識は熾烈なものがある。アカショウビンは若い頃に寺田の『道元の言語宇宙』(1974年・岩波書店)という著作を面白く読み道元は以来現在まで断続的に読み続けている。戦争中に小林が訪れた中国で道元を面白く読んでいるという記述を読み何か得心したことがある。小林の道元論はついに書かれなかったはずだが寺田の道元読解を小林が読んでいたのか興味あるところだ。

 先日ネットで宣長について書かれた西尾幹二氏のHPを面白く読んだ。小林の読者が西尾氏の著作『江戸のダイナミズム』の宣長論についてコメントし、その宣長を論じて小林の『本居宣長』に言及しないのはおかしい、というコメントや小林ファンのコメントを含めて西尾氏は反発する。小林秀雄の見方で世界を見ようとする人は未だに多いが、そういうことはもう止めたほうがいい。私(西尾氏)は宣長については同時代のカントに小林が言及したとは聞いていないけれども、私はそのような視野で宣長や江戸期を考えている。日本という国に閉じこもり、そこからしか日本を見れない狭い料簡(これはアカショウビンの解釈だが)からは脱却(これも同じ)したほうが宜しい、という内容である。以前、西尾氏の小林秀雄論は著作で面白く読んだ。最近の若者たちはともかくアカショウビンの世代や更に前の吉本隆明氏の世代では小林秀雄の読者はもっと多かった筈だ。

 70歳のときの講演のなかで小林は宣長の源氏読解に関して与謝野晶子の他に文壇の主流を形成した作家達の中で漱石も鷗外も源氏にはまったく無関心だが、宣長以外で源氏を手放しで誉めているのは正宗白鳥だけですね、と言う。周知の通り小林と白鳥はトルストイの家出をめぐって論争している。何か噛み合わない、多くの論争に共通する不毛さも感じた論争だったが小林が畏敬した白鳥という作家に対する反発が面白かった。その白鳥が源氏を原文や晶子訳でなくアーサー・ウェイリーの英訳で読み面白さを理解した、という逸話が面白い。白鳥は源氏物語を読み「無限大の人生の起伏を感じた。高原にあって星の煌く広漠たる星空を仰ぐ思いがした、というのですよ」と小林は語る。「小説の社会(世界)というのは広いもんだ。小説というものはバルザックでもドストエフスキーでも、そんなもんじゃない」と白鳥は感嘆したのですよ、とも。ここで小林はバルザックを翻訳した寺田 透を揶揄しているのかどうか不明だが、かつてドストエフスキー論を書き継いだ自らをも省みて白鳥の源氏激賞に驚いているわけだ。

 宣長の若い頃の「もののあはれ」論での源氏への傾倒を通じ、それに触発されて小林が源氏を読みながら『本居宣長』を書き継いでいった過程が、この二つの講演で語られていて面白い。

 小林は「諸君も円地さんの訳などで源氏を読まれたらどうですか」と語りかけ「イマジネーションをはたらかせれば源氏は本当に面白いですよ」と話し宣長の源氏観を披露する。寺田や桶谷氏、西尾氏の批判を読んでも、小林の語りは繰り返し聴いて啓発され挑発されることは確かである。

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